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スキャナー 記憶のカケラをよむ男のnetfilmsのレビュー・感想・評価

2.8
 療養所のベッドの上、少女は横になっているが目は真っ直ぐ上に見開いている。天井のシーリング・ファンが回り続ける中、起き上がった少女は白いレースのカーテンを開け、庭にそっと目をやる。そこには楽しそうな4人の無邪気に遊ぶ姿。バスケットボールが彼女の目の前に転がるが、無菌室の窓ガラスに守られた少女はボールに手を伸ばすことが出来ない。シーンは変わって、ピアノを弾く少女の横顔を食い入るような表情で見つめる先生の沢村雪絵(木村文乃)の姿がある。彼女は教え子である秋山亜美(杉咲花)にプレッシャーをかけるが、その姿に苛立つ少女は「先生の夢を私に背負わせないで」と言い放ち、先生は動揺する。その日の晩、先生のいつもと同じ自転車の帰路、角を曲がりながら不気味な白い影を見た先生はUターンし、角を曲がるとそこで悲劇は起こる。またシーンは変わり、夏休みの町内会イベントの会場。借金でヤクザに追われる売れない芸人マイティ丸山(宮迫博之)は客席に悪態をつき、町内会はぶち壊しに。所属事務所の峠プロダクションは、丸山の行動を重く見たやり手の女社長・峠久美子(高畑淳子)により、即刻契約解除が言い渡される。そこに先ほどのピアノ教室の生徒である亜美が依頼者として顔を出す。とにかくこのあまりにも映画らしからぬ導入部分のわかりにくさが、今作を象徴している。過去と現在が混在し、それぞれの視点が複雑に絡み合う脚本も要領を得ない。しかもこの時点では、当の主人公である仙谷和彦(野村萬斎)はまだ出て来ない。

ほとほと困り果てた上での亜美の丸山への依頼は、あの日、気まずいままでお別れをした雪絵先生の失踪事件に他ならない。コンクール間近で先生につらく当たったことが、何か雪絵先生の失踪と因果関係があるのではと思い悩むのだが、肝心要の亜美の葛藤の過程の描写がないまま、手がかりを得るためにいきなりお笑いコンビ「マイティーズ」に縋ろうとする。ここでようやく丸山の相方だった主人公である仙谷和彦(野村萬斎)が回想場面に顔を出す。彼の持つ特殊能力は、物や場所に残った記憶や感情を読み取る残留思念またの名をスキャニングと言われている。物に触れることで、その物質にまつわる過去さえも見通してしまう特殊能力は、一方で人間の汚れた部分さえも見通す。その代償に精神を擦り減らした仙谷は芸能界を引退し、今はマンションの管理人として能力を封印し、ひっそりと暮らしている。この丸山と仙谷の突然の再会の場面は、物語上の核と言ってもいい重要な場面だが、亜美の依頼を介してのやりとりになるために、あまりにも盛り上がりに欠ける。結局、彼は首を縦に振らないまま、亜美が置き忘れた爪やすりを握ったことで、事件の深い闇に巻き込まれるのだが、その意味では仙谷と直接コンタクトを取っているのは雪絵先生と言える。つまり、この脚本の致命的なミスは、マイティ丸山(宮迫博之)の存在なしでも物語がどこまでも駆動する点にある。冒頭部分から、再三に渡り丸山のエピソードが繰り返されるが、それ自体はサスペンスとまったく関係がない。

それゆえに丸山は途中退場し、若きエリート刑事である佐々部悟(安田章大)が中盤から仙谷の相棒となる展開は、論理的に見ても正しい判断だろう。頭の固いベテラン刑事である野田(風間杜夫)と佐々部のやりとりには、ようやく物語が駆動した感があるが、前半1時間の無駄の積み重ねが実に悔やまれる。かくして連続失踪事件は連続殺人事件へと切り替わり、猟奇殺人事件の幕が開ける。仙谷はどこかで生きているだろうヒロインである雪絵先生を追い求める。運命の女としてのファム・ファタールを追い求めるうちに、古き昭和の隠された歴史に触れるあたりは、Jホラーの王道フォーマットに則っている。顔の見えない女、白く薄汚れたドレス、夜の闇、注射針、椅子に貼り付けにされた被害者の絶叫など、Jホラー+猟奇ミステリーの趣を携えた実直な推理サスペンスであるが、それでは出資者のテレビ朝日が首を縦に振らなかったことは想像に難くない。つまり今作は、後付けで不必要なマイティ丸山(宮迫博之)の存在を付け足し、物語の内容とはかけ離れた『スキャナー 記憶のカケラをよむ男』というあまりにも楽天的なタイトルを後付けし、無理矢理Jホラーの枠に収まりきらない物語を捏造したのだ。だが幾つかのミスリードを経て、仙谷が核心に触れる段階に来た時点で、これはテレビ朝日お得意の土曜ワイド劇場のフォーマットの劇場用作品だと悟るのである。だとすればクライマックスの密室での三竦みの状況のあまりにも古びた様式美も理解し得る。美少女モノに定評のある金子修介も、幼年期の淡い記憶がミステリーを呼び起こすあたりの描写はなかなか的を得ているが、再三再四の木村文乃の主観ショットの繰り返しはさすがにクドイ。冒頭の夏祭りのスケールの小ささや、港に沈む車からの脱出の誤魔化しなど、制作費の削減はいかんともしがたいところまで来ている。昨今の邦画の衰えを思わずにいられない。
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