せーじ

エール!のせーじのレビュー・感想・評価

エール!(2014年製作の映画)
3.8
314本目。『コーダ あいのうた』を観た以上、その元ネタであるこちらの作品も観なければなるまいと思っていたところ、アマゾンプライムの見放題プランで鑑賞できることが判明。観比べてみることにしました。




…なるほど。
これは『コーダ』を観た人は是非、こちらの作品も観た方がいいですね。そういう意味ではとても興味深い映画体験となりました。

■『コーダ あいのうた』との違い
当然のことながら、本作と『コーダ』とでは物語の大筋自体がほぼ同じ内容なのですが、「家族構成」や「一家が生業としている業種」、「一家の経済状態」や「ヒロインが目指そうとするモノ」などなど、結構色々と設定に違いがあります。演出も同じような話なのにそれぞれでそれぞれにしかない良さがあったりもして、そういう意味では似て非なる作品であると言ってもいいのかもしれません。個人的に感じたいちばんの違いは、『コーダ』の方がヒロインが背負っている「事情」が多くて重く、切実に感じられたのですよね。そもそも、ヒロインの家の経済状況がまるで違って見えますし、一家の生業自体が「上手くやっていかないと危うい仕事であって、だからこそヒロインの助力が不可欠であるのだ」という構図が『コーダ』ではキチンと提示されていたように感じました。また、本作では本作の中でヒロインは歌うことに目覚めるのですけど、『コーダ』では、ヒロインが最初から歌が好きで日常的に歌い続けてきていたという下地が敷かれているのですよね。だからこそ歌うということに葛藤をするのだという理由に、強い説得力が備わっていたのではないかなと思います。

しかし、自分はだからといって本作の描き方そのものが『コーダ』よりも悪いとは思いませんでした。見比べてみてわかったのですけど、『コーダ』では、いわゆる「"コーダ"という問題」について問題意識が高い反面「間に受け過ぎな描き方」をしているようにも思えたのですよね。本作の方がそのことを何気ないトピックとして、ナチュラルに分け隔てなく描いている様にも見えたのです。この辺りは受け取る観客一人一人の好みによるのではないかなと思いますが、本作のヒロイン一家の方が周囲の人々と馴染んでいる様に見えるぶん、作品全体に差別意識が無い、本来の理想であるべき姿を描いているようにも見えたのです。また、そのおかげで作品全体が「ヒロインの成長」というトピックそのものに物語が集約されるようになっていて、こちらの方が物語の軸がブレていないようにも見えました。そういう意味では個人的には、どちらの作品にも良い部分はあるのだと思います。

ただですね…

■本作が残念だったところ
残念ながら、本作"にも"良くなかったと感じてしまった部分はありました。まず、プロットの使い捨て感はこちらの方が酷かったです。『コーダ』のレビューで自分は「持ち上がった問題が本質的な解決になっていないこと」に関して批判をしたのですけど、ある意味こちらの作品を観てなぜそうなってしまったのか、その理由がわかってしまいました。本作はあくまでメインの話が「ヒロインの成長」に絞られているので、脇となる物語の要素は、単にそれを邪魔する要素としてでしかない様に描かれていたのです。なので役目を終えたと判断されたと思われる要素は、清々しいくらいバッサリと途中で切られていたので、その割り切りっぷりに唖然としてしまいましたね。「あれって結局どうなったの?」ということが、こちらではより悪目立ちしているように感じられてしまいました。
また、『コーダ』でも賛否両論だったヒロインのお母さんとの件ですが、本作の方が対立の仕方がえげつない割に、お母さん自身が改心をする場面が設けられないままちゃっかりと改心してしまうので、個人的にはとてもモヤっとしてしまいました。『コーダ』ではヒロインとの相互理解の場をキチンと設けているので、そういう意味ではまだまだ良心的だったのではないかなと思います。
そして、下ネタの酷さですよね… これはぜひ両者を鑑賞して比較して頂きたいのですが、こちらの方が明らかに「日本人の感覚としては」下品で悪趣味だと思います。あれだと同じ「言いふらし」でも意味合いが全く変わってきますし、そりゃビンタされても仕方がないわなぁ…ってなりました。

※※

ということで、トータルな映画としての出来は、どちらの作品も同じくらいなのではないかなと思います。それぞれに良い部分も悪い部分も内包をしていて、かつそれらはそれぞれ同じ部分ではなかったりもしていて、残念ながら七年の月日をもってしても解消しきれていなかった、ということなのだと思います。本作から『コーダ』に翻案したことで新たに持ち上がってしまったものもあるのだということなのでしょうね。
ただ、こうして見てみるといっそのこと邦画リメイク、もしくはアニメリメイクでこの作品を観てみたいです。アイドルのオーディションを受けるような話とかにすれば、日本でもイケるんじゃないかなと思うんですけど、どうでしょうかね?
せーじ

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