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スノーデンのnetfilmsのレビュー・感想・評価

スノーデン(2016年製作の映画)
3.4
 2013年6月3日、香港のミラ・ホテル内、エントランス内の待ち合わせ場所に腰掛けたドキュメンタリー作家のローラ・ポイトラス(メリッサ・レオ)と英「ガーディアン」誌の記者グレン・グリーンウォルド(ザカリー・クイント)は先方に指定された場所に腰掛けていたが、内心彼が来るのか半信半疑だった。辺りを見渡す2人の不安げな表情。そこにルービックキューブを握りしめた1人の男が姿を現わす。いかにも神経質そうな青白い顔、小型のリュックを背負い、知的なメガネをかけた男はいかにもバック・パッカーのような風貌をしているが、周りを見渡すとローラとグレンを10Fの部屋へと招き入れる。彼らは緊張した面持ちで部屋に入ると、ドア・ノブに「DO NOT DISTURB」の表札をかける。男の名はエドワード・スノーデン(ジョセフ・ゴードン=レヴィット)と言い、現在もハワイにあるNSA工作センター通称「トンネル」に籍を置いていた。彼は部屋へ入るや否や盗聴を警戒し、ローラたちの携帯電話を没収し、電波の届かない電子レンジ内に放り込む。ローラにカメラを向けられると、キング・サイズのベッドの上に座った彼はゆっくりと自分の生い立ちを語り始める。ローラ・ポイトラスが撮影したエドワード・スノーデンの第一印象は今作よりもむしろ『シチズンフォー スノーデンの暴露』に詳しい。半信半疑だったローラは香港で遂に告発者の青年との接触に成功し、思わず手持ちカメラのRECボタンを押す。

 映画は今作の肝を2013年6月3日、香港のミラ・ホテル内で内部告発したアメリカ合衆国や全世界に対するNSAの盗聴の実態と手口の9日間の分割での情報開示の瞬間を映画の本筋に設定する。『シチズンフォー スノーデンの暴露』においては月曜日から火曜日、火曜日から水曜日と折り目正しい順撮りでスノーデンの告発内容が英「ガーディアン」誌経由でアメリカ全土を揺るがすようなビッグ・ニュースとして拡散してゆく過程を描いたが、今作ではスノーデンの告発記録と彼の生い立ちや過去の出来事が並列に描かれる。9.11同時多発テロのダメージが拭きれない2004年、愛国者だったスノーデンは祖国アメリカの役に立ちたいとアメリカ軍特殊部隊に志願する。しかしそこで待っていたのは想像を上回る過酷な訓練と、その危険な訓練の最中負うことになる大ケガだった。回想場面の軍隊の訓練の描写は社会派監督オリバー・ストーンらしい実に力のある素晴らしいシークエンスに仕上がっている。実在した人物を描いたアメリカ映画には往々にして、主人公を正しい方向へ導く「メンター」が登場するが、今作も例外ではない。大ケガにより愛国者としての挫折を味わったスノーデンの前に現れたのは、CIAの指導教官コービン・オブライアン(リス・エヴァンス)と彼の同僚の教官でもあるハンク・フォレスター(ニコラス・ケイジ)という2人のメンターである。スノーデンの中に育まれた「国民」と「国家」という2面性はこの2人のメンターに負うところが大きい。

 今作におけるハンク・フォレスターの元になった実在の人物は『シチズンフォー スノーデンの暴露』にも登場したNSA職員だったウィリアム・ビニーとされているが、問題はコービン・オブライアンの元ネタとされる人物がスノーデン関連の書物のどこにも出て来ないことに尽きる。オリバー・ストーンの描写はスノーデンに起きた事実をある程度忠実に再現しているし、スノーデンを演じるジョセフ・ゴードン=レヴィットも普段の声色を大胆に変え、スノーデンになり切っているものの、監督は個人=スノーデンの仮想敵に当たる人物=国家にジョージ・オーウェルのディストピア小説『1984年』のオブライエンとまったく同じ名前が冠した人物を登場させる。映画は後半、何かの予兆のようにドローンが落ち、まるで『アメリカン・スナイパー』のようなPTSDに近い症状を抱える(ただのてんかんにしては随分勿体ぶる)のだが、彼が目覚めた瞬間に大画面で目にするのはまさに『1984年』の独裁者ビッグ・ブラザーと変わらない主人公を否定する絶対的な父性の存在に他ならない。今作にはリンジー・ミルズ(シェイリーン・ウッドリー)のパパやママは出て来るが、沿岸警備隊だったスノーデンの父親ロビーや、離婚した後も彼を支えた母親はまったく出て来ない。その意味で今作はエドワード・スノーデンの純粋な自伝的作品を謳ってはいるものの、従来のオリバー・ストーン作品同様の「エディプスコンプレックス」へと急速にシュリンクする。救世主となったはずのジュリアン・アサンジの随分あっさりとした描写など、映画的ダイナミズムをぶつけるべき場面が巧妙にはぐらかされている。賛否両論巻き起こる本作だが、唯一ニコラス・ケイジのクライマックス再登場の場面だけは問答無用に素晴らしかった。
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