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ウェスト・オブ・メンフィス 自由への闘いのblacknessfallのレビュー・感想・評価

4.3
世界的に有名な冤罪事件であるウエスト・メンフィス3事件。逮捕から釈放までの18年間を記録したドキュメンタリー。
この事件を扱ったドキュメンタリーと言えば『パラダイス・ロスト』シリーズが知られている。本作はパラダイス・ロストの3本分を1本に纏めた抄訳のような作品。
正直、『パラダイス・ロスト』やニュースでこの事件を追ってる人に取っては知ってることが大半だし、先行のものにフリーライドし過ぎてる気もするが事実関係や時系列を分かりやすく整理してあるのでこの事件を知らない人にはオススメできる。

湿地の用水路から3人の幼児の溺死体が発見される。3人は手足を縛られいた。体には無数の切り傷があり性器が激しく損傷していた。
このことから(これだけの情報で!)警察はカルト集団の儀式的殺人と断定。オカルトやメタルに傾倒しコミュニティから浮いた存在だった。ダミアン、ジェシー、ジェンソンの3人のティーンエイジャーを逮捕する。3人のリーダー的存在であるダミアンのオカルト趣味は有名で「儀式に誘われたことがある」と証言する女性が出てくる。容疑者の一人、ジェシーが「子供たち殺す手助けをした」と犯行を自供。
ダミアンとジェンソンは犯行を否認、後にジェシーも自供を撤回、物的証拠は0(インチキ臭い物が一点)、決定的な目撃証言もない。しかし3人には死刑判決が下る。警察の作り上げた猟奇的な悪魔主義に染まった少年達の儀式殺人というストーリーは迷信深い陪審員達の偏見とあまりにマッチしていた。

偏見の強い田舎警察の異質な連中が起こした事件だという思い込み、結論ありきの捜査だった。
自白したジェシーには少し知能の遅れがあり自我が揺れやすい性質だった。そんなジェシーに「この時間にこの場所にいたんだよな!?」と具体的かつ恫喝的な誘導をして引き出した"自白"は最初から矛盾していた。被害者が生存確認されていた時間に殺したと言ったり、穴と矛盾の塊だった。それらを恣意的に誘導し修正して作り上げた嘘の自白だった。
「儀式に誘われた」と証言した女性も後に警察に強要されたものだと証言を撤回している。
おまけに儀式殺人の根拠である体の傷と性器の損壊については川に生息しているワニ亀等の野生動物が傷つけ食いちぎったものだと分かる。
「こんなバカげた検死報告はない!」良心的な監察医達がアーカンソーの監察医の「人為的なつけられた傷である」という検死結果に異義申し立てする一幕もあった。
裁判の中でも数人の証人が3人のアリバイを証言してる。

これ等の3人が無罪である証拠の積み上げ、それを社会に訴え彼らの釈放のために活動するウエスト・メンフィス・スリー3 サポーター達の動きや想いも本作は追っている。
はぐれ者とされる少年達が冤罪となった性質上、サポーターにはロック関係者が多い。
中でも自身が在籍したハードコア・パンクバンド、BLACK FLAGの楽曲を再録してベネフィットアルバムをリリースしたヘンリー・ロリンズとpearl jam のエディー・ヴェダーは最初期からアクションを起こしていた。
やはりUS PUNK/USHCの血族である二人なんで問題意識と危機感が高かったのだと思う。そして義憤も。
「警察に不遜な態度取って、反抗的な音楽が好きだから彼らは逮捕された。俺が逮捕されてもおかしくなかった」と語るヘンリー・ロリンズの言葉はこの冤罪事件の本質を突いている。
そう、単にこの頑迷で偏見に充ちたコミュニティの誰しもが納得できる悪人に相応しいから生贄にされたのがダミアンとジェンソンとジェシーだった。おれもティーンエイジャーの頃はダミアンやロリンズの側だった(いや、今でもだ!)ので、この事件のことを知った時は義憤に駆られた。同じように感じてアクション起こしてくれたのが自分が好きなハードコア・パンクやグランジの人だったのが嬉しかった。

この辺のことは知ってたことなんで改めて感じた感慨なんだけど、知らなかったのはこのサポーターの中にピーター・ジャクソンがいたこと。ピージャクは資金を投じて探偵を雇い事実関係の洗い出しや検察の主張を崩す証拠掴みをしていた。世論形成はエディーやロリンズが大きかったけど再審、保釈にたどり着くための実質的な貢献はピージャクが一番なんじゃないかと思った!
「戦うすべのない者達を権力が踏みにじることに怒りを感じる」的なことを言っていた。感銘を受けた!正直、昔のグロくて楽しいゾンビ映画の再発を許可しないで過去を消そうとしてる姿勢はどうかと思うが尊敬する笑

セレブから一般人まで多くの人の支援活動で世論は動き再審の扉が開かれる。そしてその過程で最もセンセーショナルなことが起きる。弁護団の詳細な調査の結果、真犯人の存在が浮上する!冤罪である調査の過程で犯人が指摘される展開はあまりないと思う。何となくな疑惑ではなく掘り出されたあらゆる証拠とあらゆる証言、真犯人とされる人物の事件当日の動き、そしてその人物の闇深い過去。全てがこの人物の犯行であると示しているように見える。これは間違いないと思わせる。被害者の父親の一人は「あいつが子供殺しだ」とその人物を罵倒する。
この人物、テリー・ホッブスという男。彼はなんと被害者の一人スティーブ・ホッブスの継父だ!まさか継父がと思うかも知れないが、明らかになる彼の凶状の数々とパーソナリティーを見ると"こいつなら殺ってもおかしくない"と強く感じる。
ここは色々言いたいけど、未見の方に唖然とし戦慄してほしいので詳細は省く。簡単に言うとアメリカ社会の荒廃と男性性の闇を体現したような男だとだけ言っておく。

そして逮捕から18年が経ちようやく再審決定が下される。
再審が開始されれば無罪は確定だがメンツに拘るアーカンソー警察と裁判所は再審開始日を決定しない。焦燥感と不安に苛まれるダミアン、ジェシー、ジェイソン。もう心身共に限界だ。
そこで弁護団は苦肉の策に打って出る。
『アルフォード・プリー』所謂、司法取引。条件は無罪を主張しながら有罪答弁をするというもの。
これはつまり、警察や州への損害賠償件を放棄する代わりに即日釈放するというもの。
これなら警察のメンツも保て州は賠償を逃れることができる。
つまり警察も裁判所も彼等に謝罪もしないという噴飯もの決着だと怒りながら「何より彼等が自由になることが優先だ」と苦悩の表情でエディー・ヴェダーが語る。
ともかく、これですんなり釈放かと思いきや、ダミアン、ジェシーはアルフォード・プリーを受け入れるが、ジェイソンは「一切の妥協はしない!」と拒絶する。3人が有罪答弁しなければアルフォード・プリーは成立しない。これはかなり意外だった。3人のうち警察や検察官に毅然と対峙できる胆力と知性があったのはリーダー格のダミアンだけだったので、ジェイソンの壮絶な覚悟と怒りに衝撃を受けた。この理不尽な試練がジェイソンを変えたのか?
ジェイソンの説得のためエディー・ヴェダーが面会に訪れる。これがどこまで功を奏したかは不明だがジェイソンはアルフォード・プリーを受け入れる。「仲間のことを考えた」とジェイソンは言う。
この一連の流れは知ってたんだけど緊張感のある編集と演出で分かっててもハラハラした笑

オンタイムで追い続けた『パラダイス・ロスト』シリーズのような緊迫感はないけど、事件の始まりから終わりまでを俯瞰的に詳細に描いた誠実なドキュメンタリーだと思う。

あと、いいなと思ったのはセレブの支援者達、上述した他にもジョニー・デップやパティ・スミスなんかも出てくるんだけど、彼等の肩書をメンフィス・スリー・サポーターで統一してるとこ。一般のサポーターと同列に扱ってるところに作り手の心根の綺麗さを感じた。
心が綺麗と言えばエディー・ヴェダーにもそんな印象を持った。最初期から終盤までずっと事件の経過と3人に寄り添いできることは全てやっていたように思えた。「自分達(有名人)が騒げば一年ぐらいで出れると考えていた」「法律家からそんな簡単ににはいかないと言われ驚いた」と自分の軽率と無知をさらりと口にしてるのにも好感を持った。こんなにいいヤツだったけ?
NIRVANA派だったおれはカートのエディー批判(というかディス)を真に受けてたし、実際ちょっと気取り屋で受け狙いする鼻持ちならないヤツと思ってた。なので素朴で正義感と人情に篤いエディーの人間性を見て自らの不明を詫びたくなった。
エディー、さーせんでした😅ファーストだけしか好きじゃないけど今度来日したら絶対行くから許して🥺
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