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ジョン・ウィックの海のレビュー・感想・評価

ジョン・ウィック(2014年製作の映画)
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2年くらい前に、飼っていた犬を亡くして仕事もできなくなるほど落ち込んでしまった知り合いがいた。彼から、飼っていた犬との散歩の話を聞いたことがあった。そのときわたしの頭の中にあった、枯葉がいっぱいの道、静まりかえった湖、青い軽自動車のイメージは、今はわたしの心の中にあって、きっとずっとおぼえているだろうと思う。彼から心が落ち込んでしまっているのだと連絡を受けた上司が、「飼ってる犬とか猫にそこまで気持ちを左右されるような人は、動物飼わない方がいいよね」と笑って話しているのを見たとき、「ジョン・ウィックの悪役みたいなこと言ってるな」と思ったことを、この映画を観るたびに思い出す。当たり前だけど、わたしはそのときものすごく頭にきて、1週間くらい上司と口をきけなかった。仔犬一匹死んだくらいで、と言いながら震えている唇を、手荒く器用にひとつずつひらき、喉の奥まで塞いでしまう銃口が良い。復讐映画が好きだ、復讐が何も生まないことをおしえてくれる映画なんかじゃなくて、復讐が、確かにこのひとたちの既に狂っている人生に、かさねて捺印されるのを見るのが好きだ。ひたすらに美しい儀式として描かれる復讐が好きだ。指を失っても声を失ってもどれだけ不幸な死にかたをしても、その生きざまにこうして夢中だから声をあげて泣き手を叩いて笑いたくなる。遂げられていく返済や満たされていく未練をこの目で追いながら共に最後までいきたいと望む。物語は嘘だ、しかし現実に希望を与える、物語は希望を与えるから、そのとき現実さえ嘘にできる。暴力に暴力で勝つこと、復讐をかさねるためだけに立ち上がり続けねばならないこと、感情の奴隷となったあなたが、最も重要なその瞬間までの清く正しい息づかいを強いられていること。ただ何よりも、わたしの手を握り抵抗する力を与えるのがいつも映画だった。わたしにとってこの世界を生きることは抵抗すること以外の何でもなかった。刮目に値する徹底してファッショナブルな復讐が語る、この炎だけがすべてに打ち勝てるのだと。ずっと、この物語に続きはいらないと思っていたけど、数年ぶりに観て、何となく2を観て、3を観ないわけにはいかなくなって、母が「ジョン・ウィックはとんでもなく強いというわけではなくてただ執念が桁外れなの、“強い”というより“負けない”の」と言ってて、まさにそのとおりだと思って、戦うひとが傷つく姿はうつくしい、だってそれが本当だから、そして2023年11月8日時点でわたしが今最もなりたい人物はジョン・ウィックかもしれない
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