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インセプション(2010年製作の映画)
4.0
 波の激しい海岸線に打ち上げられて眠る1人の男ドム・コブ(レオナルド・ディカプリオ)だが、最愛の2人の子供フィリッパ(クレア・ギア)とジェームズ(マグナス・ノーラン)の声に半目を開け、反応する。だが海上警備員に見つかり、湖畔に佇む城へ連行される。そこには年老いた会長のサイトー(渡辺謙)が独楽を回しながら、懐かしい人物の思い出を語っていた。時間は急に巻き戻され、若々しいサイトーにコブが相棒のアーサー(ジョゼフ・ゴードン=レヴィット)を引き連れて、プレゼンテーションをしていた。コブとアーサーは、標的の無意識に侵入する軍の実験段階の技術を用いて、標的の夢から重要情報を引き出す、「引き出し人」と呼ばれる産業諜報員(産業スパイ)だった。ところが、今回の標的である日本人実業家サイトーは、コブが標的の無意識にある考えを植え付ける(inception)行為が可能か試していた。金庫の中にある封筒を抜き出そうとしたコブの前に彼の妻モル・コブ(マリオン・コティヤール)が立ちはだかる。「ここから飛び降りたら助かるかしら?」「落ち方にもよる」と答えたコブは椅子を重しに自身が飛び降りを試みるが、モルの座らない重しのない椅子は無情にも重力を伝い、垂直に落ちる。

 コブは人がいちばん無防備になる夢の中にいる状態のときに、その潜在意識の奥底に潜り込み、他人のアイデアを盗み出すという犯罪のスペシャリストである。危険極まりないこの分野で最高の技術を持つコブは、陰謀渦巻く企業スパイの世界で引っ張りだこの存在だった。だが彼はかつて自身の妻の夢の操作中に誤って最愛の妻を死なせてしまう。コブは愛する妻のために、自分と2人だけで夢の中に生きることが最高の幸せであるという考えを植え付ける。それは虚無(Limbo)と呼ばれる夢の中の回想であり、2人は50年に渡りかの地に夢のアーキテクチャーを作り上げる。やがてモルはそこが夢であるという意識も曖昧になり、子供たちの待つ現実へ一切帰ろうとしなくなり、飛び降りで自ら命を絶つ。コブはそのトラウマに犯されており、夢の中に入った彼をいつもモルが邪魔をする。映画はこの愛する妻のトラウマを抱えた主人公の意識の克服を第一条件としながら、サイトーの競争相手モーリス・フィッシャー(ピート・ポスルスウェイト)が経営するエネルギー複合企業を解散させるために、モーリスの息子で後継者であるロバート・フィッシャー(キリアン・マーフィー)に植え付け(inception)を行うことをミッションとする。

 シドニー発ロサンゼルス行きの飛行機内での10時間という限定された時間、仲間たちとロバートの夢の中に乗り込んだコブたちはそこで恐るべき事態を確認する。今作では「キック」と呼ばれる垂直の空間構造と夢の階層構造が複雑に重なり合っている。夢は複数の階層構造から成り立っており、第一の夢は、ノーランお得意の大雨の降るロサンゼルス、第二の夢はロサンゼルスの高級ホテル、そして第三の夢は雪山の中に設計された堅牢な病院である。これは大学で設計を担当するアリアドネ(エレン・ペイジ)の緻密なアーキテクチャーに他ならない。夢における時間経過は階層毎に異なり、第一の階層の一週間が第二の階層では半年になり、第三の階層では10年もの歳月を持つ。下層に行くほど時間の歩みが遅くなるというパラドクスが散りばめられた、クライマックスの5場面がモンタージュされるアクション場面は文字通り、活劇の速度の緩急で成立する。三半規管の反応により夢から目覚める一行は、アーサーに無重力空間で縛られ、手負いのサイトーらと共に夢の世界から現実に何とか戻らんとする。コブの胡蝶の夢は、無意味な永遠の反復という恐怖に抗ったように見えるが、現実という足場そのものは実に謎めいていて危うい。
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