すえ

恐怖と欲望のすえのレビュー・感想・評価

恐怖と欲望(1953年製作の映画)
4.0
記録

【誰もが知っていて誰も知らない男、スタンリー・キューブリック】

再見。久しぶりに観ると拙いところも、褒めるところも分かり面白い。

シドニーの行為がキューブリックが描きたい狂気には辿り着かず、単なる気持ち悪さとして機能してしまっているのが残念。しかし、要所要所に登場する高速モンタージュや、顔面のショットの強度はこの時点で凄みを感じる。

性的なショットは、女性の瑞々しさの描写の巧さもさることながら、他の誰をも寄せ付けないな艶めかしさも包含している。

初の長編、初の劇映画ながら、何かの模倣となることなく自分としての映画に仕上がっているのは大変凄いことだと思う。
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1951年初頭、22歳のキューブリックは短編映画を卒業し、長編映画を監督する決意を固めた。彼はお決まりのハリウッドなどに行く気など毛頭なく、金銭的な援助や配給契約一切無しに、たった1人で映画を製作し監督することにした。友人や父親、プロデューサー助手を務めることとなる叔父のマーティン・パーブラーなどから、合計1万ドルを集めることができた。

初め、叔父のパーブラーからキューブリックは、投資の条件として今後のキャリアにおいて得るであろう報酬の、かなり大きなパーセントを確約するという内容の契約を突きつけた。しかし劇映画デビュー作の公開を危うくするにも関わらず、キューブリックはこれを拒否した。最後まで彼がこの条件を呑むことはなく、ついには叔父が折れ、条件をなかったことにすると、今作への投資を約束した。

1951年2月26日、キューブリックは叔父のマーティン・パーブラーと劇映画デビュー作に際して、雇用契約を結んだ。キューブリックはスタンリー・キューブリック・プロダクションを設立し、1人だけの映画制作チームを作り、『罠』という題名になっていたこの企画を進めることにした。

キューブリックは主要なスタッフを1人ですべてこなしていた。彼は「『恐怖と欲望』の撮影班では、監督、照明カメラマン、オペレーター、事務係、メークアップ担当者、衣装係、ヘアドレッサー、小道具係、おかかえ運転手、など多くの役割を僕1人がこなしていた。」と語っている。
また彼の妻トーバは、秘書として働いた経験を活かして、書類処理などの雑務をこなした。
道具の運搬にはメキシコ人が雇われた。『スパルタカス』や『2001年~』で後に大勢のスタッフを指揮することになるキューブリックの初仕事は、たった13人の男たちのまとめ役だった。

実は撮影中に大惨事を招きそうになったこともあった。ラストシーンの撮影のために、カリフォルニア製農薬噴霧器を使って霧を発生させたが、キャストとスタッフを危うく窒息死させるところだった。

『恐怖と欲望』のポストブロダクションを終わらせた彼は映画上映の方法を探し始めた。アートシアター向けではなかったため、売るのに苦労した。B級映画の要素が欠けていたため、配給業者の関心をひくことはできず、メジャースタジオに接触したがすべて断られた。

そこである時キューブリックが、映画配給業者で企業家のジョゼフ・バースティンの目に止まった。バースティンはキューブリックを気に入り、彼を天才と称し、配給契約を結んだ。映画は『恐怖と欲望』という題名で封切られた。

1953年3月26日、ニューヨークで『恐怖と欲望』の試写会が行われた。過剰な象徴性や未熟な作品のテーマは非難されながらも、才能を認められ、批評家たちの注目を浴びた。

1953年3月31日に封切られ、カリフォルニア、シカゴ、デトロイト、フィラデルフィアで上映される予定になっていた。しかし、『恐怖と欲望』は封切られてすぐに消え、40年間見ることがかなわなかった。そうしてこのキューブリックのデビュー作は伝説となっていた。

彼自身は今作を気に入っていないようだが、学ぶのには良い機会だったと言い、『ニューヨーク・タイムズ』紙に「痛みとは良き教師だ」と語っている。またジョゼフ・ジェルミスに、「僕はただ経験不足だったために、適切で合理的なアプローチが分からなかった」、「『恐怖と欲望』はアート系で上映され、驚くほど良い批評ももらったけど、僕が到底誇りをもてるものではなかった。ただ完成させたというだけだ。」と語った。

『恐怖と欲望』は他の名作、他の巨匠のデビュー作には及ばないかもしれないが、明らかに映画の才能が開花したことを示すものである。20代にしてキューブリックは作品に暗さと冷酷さを醸し出している。予算も機器もほとんどなかった状況を考えると、ノワール調を漂わせ、不条理を匂わせる撮影は、特筆すべきものだといえる。

キューブリックは数多くあるハリウッド映画よりも、むしろカミュやサルトルなどの実存主義にもっとも影響を受けている。彼の目が、冷たく現実的に世界を捉えていることがデビュー作から既に分かる。

2023,153本目 5/22 DVD
2024,30本目 2/10 DVD
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