せーじ

きっと、うまくいくのせーじのレビュー・感想・評価

きっと、うまくいく(2009年製作の映画)
4.5
328本目。以前から観よう観ようと思っていたものの、その色々な意味でのボリューム感に尻込みをしていた作品。ルーレットに無理矢理入れて回すこと数回。当たってしまいました。覚悟をキメて時間をとり、環境を整えて鑑賞。




…なるほど!
確かに高評価なのも頷ける、素晴らしい作品でした。没入感が非常に高く、上映時間ほど長くも感じなかったです。

■立体的に見つめたくなる「インド」という国の映画
鑑賞後、例によって関連する語句で検索して、この映画に関するいろいろなブログやレビュー記事などを読んだのですけど、この作品もまた「作品の背後に潜んでいる物事に目を向けていくと、面白さが更に深くなる」タイプの作品でした。具体的には"ボリウッド映画の定義や成り立ち"、"北インドと南インドの文化の違い"、そして"それぞれの地域での人々の暮らし"などを知ることで、よりこの作品を立体的に捉えることが出来たように思います。
この作品、ほかの国の映画を観るような「体温」で観てしまうと、様々な演出が「過剰」に思えてしまうのですよね。歌って踊って…というのはもちろん、喜怒哀楽の感情表現を劇伴でストレートに流しちゃったりとかも平気でやっちゃいますし、スローモーションとかもかなり多用していたりするので、よく言えばものすごく味が濃く感じられる作品、悪く言うとベタで鼻白むような演出ばかり…だとも言えてしまうのだと思います。…ですが、そういうことではないのですよね。「インドにおける映画の楽しみ方」を知っていき、そういう楽しみ方で観るものだと理解したうえでこの作品を見直してみると、何故こういう「味の濃い」作りなのかが理解できるのではないだろうかと思います。自分はそれを知って、絶対楽しいだろうな、行ってみたいなインドの映画館…と思いましたね。

■ランチョー=佐々木=天使説
それらを踏まえて本作を観るうえで特に注目するべきなのは「インドにおける若者の自殺者の多さとその理由」でしょう。未だに残る差別的な"ヒエラルキー"を跳び越す唯一の方法としての「受験戦争」が過熱していて…という理由は痛ましすぎますし、「工科大学を卒業してエンジニアになること」"だけが"幸せに成功する唯一の方法なのだと国民のほとんどが思い込んでしまっていて、そこに殺到してしまっている状況やそれによって起こる悲劇を、賑やかでアッパー、なんならおバカな描き方の隣にキチンと据えているというのは、観ていてとても誠実だなと感じました。
そんな現状を鮮やかに塗りかえようとするのが、本作の主人公であるランチョー青年なのですが、彼の行動を観ているうちに自分は『佐々木、イン、マイマイン』の主人公である佐々木を思い浮かべてしまいました。何故かというと、言ってることが全く同じだったのですよね。「やりたいこと、やれよ」って。そう、この映画が言いたいのは、突き詰めていくと「死ぬな、生きろ」ということと「やりたいことをやろうよ」ということだったのですよね。これらは我々の視点から観てしまうと、わざわざ映画で主張するまでもない、もしくはもう既に手垢がつきまくっているくらい擦られているような当たり前なことなのかもしれないですけど、その主張が如何に切実なものであることなのかというのは、インド国内の様々な事情を知っていくと理解できることなのではないかなと思います。もちろん、ランチョー青年と佐々木とでは育ってきた環境や背後に背負い込んでいるものなどにだいぶ違いがありますが、「周囲に居る人々をより良い方向に向かわせようとする能力」を持つという意味では、彼もまた佐々木と同じように、フォロワーの湯っ子さんが言われている様に「天使」なのかもしれないよなーと思ったりもしました。劇中、やたら神頼みをする同級生君がランチョー青年の友人として出てくるのですが、実は彼の願いがそういう形で叶っていたという見立てでこの作品を観てみるというのも面白いかもしれません。

■そのほか
一つ言うとこの作品は「活躍するのは野郎ばっかりじゃねぇか、女は添えもんなのかよゴルァ」と言えなくもない作りではあるのですが、この作品は2009年制作ですし、何より劇中で「そこに居るエリートイケメンは、もしかしたら単なる『値札野郎』なんじゃないの?そんな奴に人生を預けちゃっていいのかい?」というエクスキューズをキチンと提示しているので、個人的には悪くない描き方だと思います。むしろ「人生は競争である」ということや「お金持ちになるのが幸せになる最良な道だ」ということを痛烈にクサしながらも、女性たちはそもそもその場に立つことすら出来ない状況であるということをフラットに描いているとも言えるのではないでしょうか。作り手の問題把握力と提起の鋭さ、そして解決法の提案がこんなにも賑やかでエンターテイメントに溢れている作品であるにもかかわらず、とてもフラットでロジカルに提示されていて、率直に素晴らしいなと思いましたね。
後は言うことは無いです。。。ストーリーも登場人物の描きかたも非常にわかり易く、わかり易いからと言って拙い訳では決して無く、そのうえ登場人物が全員とてもチャームに溢れた人懐っこい造形なので、簡単に感情移入が出来るのではないかなと思います。というよりも、その熱気にライドして楽しんだ方が絶対にいい作品ですよね。
もっとも、ごくごく個人的な見解を言わせてもらうと、自分はそういうお祭り騒ぎがそこまで得意ではないですし、得意では無いなという人の気持ちも理解ができるので、この作品が万人に向いている作品であるのかどうかという確信は、残念ながら持つことが出来ないのですが、そんな自分であっても思わずノッてしまいそうになるグルーヴと人懐っこさが確かにある作品なのではないかなとは思います。

※※

ということで、また様々なことを知るきっかけとすることが出来た作品でした。この監督の他の作品やボリウッド映画の名作と呼ばれる作品、そしてボリウッド映画以外のインド映画も観てみたいなと思います。
なお、上映時間の長さに尻込みされている方は、インターバルの所で分けてご覧になることをおすすめしたいです。ちょうど真ん中で区切られているので、DVDや配信などでご覧になる際は、その方法だと観やすいのではないかなと思います。
興味のある方はぜひぜひ。
せーじ

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