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最初の人間のodyssのレビュー・感想・評価

最初の人間(2011年製作の映画)
3.8
【誰がアルジェリアに住むべきか?】

この映画は、アルベール・カミュを多少読んでいるか、当時(第二次大戦直後から1960年頃まで)のアルジェリアやフランスについて或る程度の知識がある人でないと、理解が難しいと思います。逆に言えば、この条件に合った人にはそれなりの作品になっています。

カミュは私の世代にとってはおなじみの名前です。『異邦人』や『ペスト』、『カリギュラ』や『シーシュポスの神話』などが当時の若い世代に競うようにして読まれたからです。カミュとサルトルが訣別する原因となった歴史・革命観を示す『反抗か革命か』もそうでした。

カミュはフランス人ですが、アルジェリアの生まれです。アルジェリアは今でこそ独立国ですが、長らくフランスの植民地であり、カミュはそのアルジェリアに入植していたフランス人の家庭に生まれました。といっても、当時フランス本国からアルジェリアにわざわざ入植するのは本国では貧しくてどうしようもない人間が多数だったようで、カミュの家庭も経済的には恵まれなかったようです。たまたま学校で優れた先生と出会ったために、しっかり勉強し、やがて著名な作家になることができました。この辺が、もともと経済的にゆとりのある中流家庭に育ったサルトルとの決定的な違いです。

この映画の主人公も、カミュと同じくアルジェリアで育ち、やがて本国でも著名な作家となった中年の男です。第二次大戦後、アルジェリアに独立運動が起こったとき、アルジェリア出身で著名な作家であるカミュにはその言論に多大の期待が寄せられたのですが、カミュは「いたずらに独立するのではなくイスラム系の現地人と入植者およびその子孫が平和共存できるような地域を目指すべきだ」と述べて、独立を志向する左派からも、植民地をそのまま温存しようとする右派からも不評を買いました。

この映画では、主人公の中年男がカミュのような言論で、左右の派閥から攻撃を受けます。また、主人公の老いた母親によって、カミュの思想の一端が映像として具体化されています。

主人公の母親は、もとをたどれば入植者の子孫ですが、しかしアルジェリアから出て行こうとは思わない。なぜなら自分はこの地で育ったのであり、アルジェリアこそ故郷だと思っているからです。

ここは考え方の難しいところでしょう。アルジェリアはもともとはフランスが軍事力で植民地にした土地なのだから、現地人はそのままいていいが、フランスから入植した者およびその子孫は侵略者であり独立後は出て行くべきだ、というのもそれなりに筋の通った考え方です。

しかし上にも書いたように、入植者とはもともとフランス本国で恵まれない立場にあったからこそアルジェリアに移ってきた人たちなのであり、自分の仕事の場所として、また若い世代なら生まれた土地として、アルジェリアを愛していたのです。そしてアルジェリアに長年暮らしていれば、イスラム系の住民とキリスト教系の住民との交流もそれなりに生まれてくる。

例えば今のヨーロッパを考えてみればどうでしょう。アフリカやイスラムからの移民が多数押し寄せています。合法的な移民だけでなく不法移民も多い。ヨーロッパ各国は、無条件で不法移民を認めることはしていませんが、それでもかなり寛容に移民を受け入れているのです。

むろん、軍隊で強制的に植民地にすることと、現地で食い詰めたから闇夜に乗じてこっそりアフリカからヨーロッパに渡ってくることは同じではありません。しかし、或る土地に住む人間は必ず昔からその土地にいなければいけないのか、という問題についての一つの解答がここにあるとも言えるでしょう。

歴史はカミュの理想を実現しませんでした。アルジェリアは左派の人々が主張したように独立したからです。しかしその後のアルジェリアが独立国家として順調にやっているとは、残念ながらとても言えません。先ごろも日本人がテロの犠牲になりました。偏狭なイスラム原理主義によって、布教活動をしないという条件で滞留していたキリスト教神父たちが殺される事件も起こり、映画化されています(『神々と男たち』)。

カミュの理想ははたして間違っていたのか。結論は簡単には出ないでしょうが、この映画はそれを考えてみるきっかけを与えてくれるでしょう。
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