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菩提樹のodyssのレビュー・感想・評価

菩提樹(1956年製作の映画)
3.3
【『サウンド・オブ・ミュージック』の本家】

1956年の西ドイツ映画。タイトルだけ見るとピンと来ないかも知れませんが、有名なミュージカル映画『サウンド・オブ・ミュージック』の先行作品です。というより、ドイツ語圏の人々からすると「こっちが本家だ」と言いたいところでしょう。

もとをたどれば、この物語はマリア・フォン・トラップの自叙伝『トラップ・ファミリー合唱団物語』が元になっています。アメリカでは、まず1959年にブロードウェイでミュージカルが上演され、次に映画が1965年に公開されました。

しかしドイツ語圏で作られたこの『菩提樹』の方が時代的に先であるばかりではなく、私は原作は読んでいないので確証はありませんが、おそらく原作に近いのではないかと思われます。

『サウンド・オブ・ミュージック』に慣れている人からすると、有名な「ドレミの歌」がなかったり、歌のシーンはそれなりにあるとはいえミュージカル色が濃い映画ではないので、物足りないと思うかも知れません。しかし『サウンド・オブ・ミュージック』はフィクションとしては優れていても事実に即して作られたわけではないのであり、『菩提樹』は別の観点から作られた映画だと考えれば、それなりに楽しめると思います。

この映画はトラップ一家がナチ化されたオーストリーから逃れてアメリカに亡命するものの、身元保証人が見つからず危うく送還されかかったところを、歌を歌って興行師に認められ保証人になってもらい、間一髪で助かるところまでを描いています。そのクライマックスで歌われるのが「菩提樹」なのです。「菩提樹」は日本人にもおなじみですが、シューベルトが歌曲集『冬の旅』の1曲として作曲したもの。

シューベルトはウィーンに生まれウィーンで亡くなった作曲家です。言うならばオーストリー精神を体現する作曲家と言っていい。危ういところでシューベルトの歌を歌って助かるという筋書きは、ですから亡命してもあくまで故郷の精神を忘れないでいるオーストリー人の心を表現しているのでしょう。

なお、トラップ大佐(男爵)はオーストリー海軍の軍人で、子供たちの教育にも軍人的な態度で臨んでいるという設定です。現在のオーストリーは人口1千万に満たない小国であり、しかも内陸国で、海に面していません。けれども第一次世界大戦までのオーストリーはオーストリー・ハンガリー帝国という大帝国であり、現在の北イタリアもその領土でした。つまり海があったわけで、トラップ大佐が海軍軍人であるのも当然だったのです。
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