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バスカヴィル家の犬のsleepyのレビュー・感想・評価

バスカヴィル家の犬(1959年製作の映画)
3.9
Elementary, my dear Watson ****




英国の名優ピーター・カッシングがシャーロック・ホームズを、颯爽と演じていて、個人的にはこれ以上はないと思われる適役。コナン・ドイル・ファン、原作ファンには異論はあろうが、なかなかに英国の荒野の雰囲気、妖気漂う感じが出ていたと思う。ハマー作品は数えるほどしか観ていないけれども、これがハマーかな、という刻印がしっかりと押されているような気がする。それはルックであったり、作劇であったり、俳優陣(これが大きい)であるのだろうけれども。

1902年発刊の原作にはモデルがあり、ドイルはこれにインスピレーションを得て執筆したといわれる。残忍で邪まな領主の振る舞いとこれにまつわる不幸が数世紀もこの湿地と荒れ野が入り混じる人里離れた地方に伝説として残っているという枠組み。地獄の猟犬が荒野をさ迷い、代々のバスカヴィル家の当主を亡き者にする・・。因果が子子孫孫まで語られ、知らぬ者はいない。そして再び繰り返される惨劇。具体的にはもちろん違うがわが国の横溝正史の「八つ墓村」と類似した空気も持っている。英文wikiによれば決定的な改変は行われていないようで(キャラの若干の入れ替え等がある)、骨子は概ね原作に沿ったものの模様。ミステリ色よりはゴシック・ホラーの雰囲気が立っていて、ロケといかにもハマー、という風のセットがどこか心和む。

見所はなんといっても俳優陣。カッシングの佇まい、どこまでも青く深い瞳、小道具を使う身のこなしからなにからいちいちはまっている。またクリストファー・リー卿がハマーでの初めての人間役で、一見、デモニッシュな妖しさを孕み、放蕩なのかと思わせながらもノーブルな風情が印象的。あの声音も聞き物。鍵を握る勝気ながら不安定な農家の娘役のランディの存在感は今一歩ながら美しい。テレンス・フィッシャーの実直で俳優を立て、ゴシックムードも盛り立てる手腕はさすが。

これまで33作近く映像化され(映画、テレビ併せて)、日本ではNHKで放送されたシリーズでのジェレミー・ブレット版(88年)、カンバーバッチ版(2012年)がポピュラーで、クラシックでは39年のベイジル・ラズボーンのホームズを挙げる人もいるだろう。そんな中で、2度、バスカヴィル家の犬でホームズを演じたのが、本作のカッシング。本作の他は、65年~68年の2シーズン29エピソードのBBCテレビシリーズ。この中の1篇(前・後編)の「バスカヴィル家の犬」でもホームズを演じた。

ラジオドラマも数本。いうまでもなくそれだけ世界中、特に英国では愛される何かを持っているのだろう。本作は性質上、やや説明的なセリフが多く、前半はやや緩慢だが、誤解を恐れずに言えば、本作の魅力はカッシングのホームズに尽きる。「Elementary, my dear Watson」(初歩的なことだよ、ワトソンくん)というセリフなどいかにも、という感じで厳しくも気障が鼻につかない余裕綽綽のホームズ像が嬉しい。カッシング・ファンは是非。いろいろな着こなしもバッチリ。日本でも根強いドイル、ホームズ・ファンがいながら、なぜか日本未公開の佳作。今の映画に慣れ過ぎた目には古色蒼然と映るかも知れないけれど、この独特のルックはなぜか後々まで忘れがたい味わい。

★オリジナルデータ:
原題:The Hound of the Baskervilles, 1959, UK ,オリジナルアスペクト比(もちろん劇場公開時比を指す)1.66:1, Spherical, 87min. Color(Technicolor), Mono, 35mm Film
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