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君を想って海をゆくのodyssのレビュー・感想・評価

君を想って海をゆく(2009年製作の映画)
3.5
【分かりやすさの表と裏】

(以下は12年前に某映画サイトに投稿したレビューです。某サイトは現在は消滅していますので、ここでしか読めません。時間の経過を考慮の上でお読み下さい。)

非常に分かりやすい映画です。難民問題に悩むヨーロッパではそのテーマを含む映画作品がいくつも作られていますけど、その一つ。

分かりやすいのは、難民問題がクルド人少年と少女の悲恋に集約されているからでしょう。いささか通俗的な設定ではありますが、テーマを直裁に訴えるためにはこういう構図が有効なのかも知れません。

水泳教師とその妻の関係は、もう一つですね。別れるならさっさと別れればいいし、なんかどっちつかずで、曖昧なのです。別れるかどうか迷っている夫婦、というならまだ分かりますが。

難民にヒューマニスティックに対処するのは理想的ではあります。また、この映画もそういうヒューマニズムの視点で作られている。しかし現実に自分の国家内に大量の不法難民が流入してくると、誰も心穏やかではいられません。警察に密告する隣人は映画の中では悪役ですが、現実に隣近所に不法難民が目立つようになったらこういう行動に走る人も少なくないでしょう。

近代的な国民国家の建前からすれば、人は生まれた国で生活し、仮にその国が貧しくとも努力して豊かになるようにと頑張る、ということだったはずでした。近年、そういう建前が崩れてきているのがいいことなのか悪いことなのか、微妙なところでしょう。この映画はクルド人少年の悲劇に焦点を当てているから、そういうところまでには考えが行かないようになっている。しかし、少し見方を変えてみるなら、少年は一足先に英国に渡った少女のことだけが念頭にあったのかという疑問も湧いてきます。故郷に残っているかもしれない(その辺はこの作品からはよく分からない)親戚や友達などのことは考えなかったのかと。

日本は今のところ難民問題はヨーロッパに比べればきわめて少ないと言っていい。しかし、例えば中国の人口爆発だとか、朝鮮半島に有事があれば、どうなるかは分かりません。そのときヒューマニズムだけで問題が片付くのかどうかは、一考しておいたほうがいいのではないでしょうか。
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