海

不安は魂を食いつくす/不安と魂の海のレビュー・感想・評価

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すべてを許して、誰のことも非難せず、泣いている人のために働き、それ以外はただこの世界の未来のことを信じて笑っていられたなら、それはとても、清く正しい生き方だと言えるのかもしれない。わかっているのに、どうしても許せない人がいる、心はときどき何も知らないふりをし始め氷みたいに冷たくなる、わたしはわたし一人のために働きながら、わたし一人のための狭い世界の内側で不実の安心を得る。思い出すのは、夜の土砂降りと、目が覚めた朝のシーツの匂いと、舌に触れた熱い珈琲の味と、ささやいた声ならかき消してしまえる午後の強い風、「わたしは」とわたしが話したあと、「わたしは」とあなたが話し始める。あなたに代わるものなどないようにわたしに代わるものもない、手をとりあい話をしているあいだ、ふたりを見守るのがひとつの小さな灯りだけでも、それは決して悲しい光景ではなかった。唇を震わせる怒りが、かおを伏せさせる悲しみが、それらの抱いているあらゆる不安が、徐々にわたしを美しい魂から遠ざける。なのにわたしはまだ戦おうとする。これから何度、大切におもうひとを傷つけてしまうのだろうか、これから何度、愛しているひとの前で悲しくて泣かなくてはならないのだろうか、それが戦うことのすべてだ、わたしが戦っているのは世界じゃなくわたし自身だ。体の温度を心のそれだと信じあえること、あるいはその逆のこと、心のうつくしさを体のそれだと信じあえること、あるいはその逆のこと。たとえあなたを守れなくても、わたしはわたしの魂を守り抜かなければならないということ。
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