えびちゃん

有りがたうさんのえびちゃんのレビュー・感想・評価

有りがたうさん(1936年製作の映画)
4.5
峠を越えるバスの運転手、有りがたうさん。道を譲ってくれた人たちにありがとう〜と声を掛けるからみんなにそう呼ばれている。バスに乗らない(乗ることができない)人たちの伝言を言付かったり、買い物を頼まれたり、お人好しである。それはこの山間部で生きていくことが苦しみに溢れているからとバスで送り出す人たちから感じ取っているからだろう。
この山で暮らす人たちはきっと、バスに乗らない人生の方が幸せだろうな。バスはほとんどが一方通行だろう。売られた娘たちが乗っていくから。
悲しみも喜びもすべて有りがたうさんのバスに詰め込まれて峠を越えていく、オチをつけない結末はなんとも言い難い余韻で胸がいっぱいになった。
出てくる女性たちはみんな有りがたうさんに恋しているようにも思えた。スレた娼婦も、朝鮮からの労働者も、売られていく娘も。人の痛みに、距離を保ちながら優しく寄り添うことのできる人柄だからだろうな、彼の愛称どおりの接し方だ。
現実がそうであるように、都合のいいミラクルなんて起きない。鑑賞者を揺さぶらない描き方に好感。御涙頂戴オヨヨヨヨ、とならないというだけで精神衛生がいいと実感した…。つらく厳しい現実を描いているのに情緒をやわやわとほぐしてくれる作品だな。

清水宏監督は初鑑賞。厳しい現実でさえも優しい語り口でユーモラスに包まれていてあたたかい味わいのある作品だった。この深い悲しみを内包するユーモアはその後の小津安二郎作品の原型のように感じた。と思うには尚早なので他の作品も観ねばね。最近はジャパニーズクラシックスを楽しんでいる。
えびちゃん

えびちゃん