カラン

終わりなしのカランのレビュー・感想・評価

終わりなし(1984年製作の映画)
5.0

キェシロフスキ①

キェシロフスキー監督を観たかった。『トリコロール青』を20年ほど前に観たはずが、記憶喪失。トム・ティクヴァが遺稿を監督した『ヘブン』はばっちり刻印されて思い出すだけでドーパミンが出そうだが、キェシロフスキーの作風とどう関連付けるべきかは知らない。今にして思うのだが、この『終わりなし』と『ヘブン』は空気のようにこの世から消えていく恋人たちの物語である点がよく似ている。しかし、この『終わりなし』がもたらす謎のカタルシスは、ちょっと比類のないものである。

本作『終わりなし』に関して、ポーランドの政治的動乱や80年代初頭の戒厳令といったことに拘泥するのは映画の内容から離れるだけのように思える。ポーランドの社会情勢を知らなくても、この映画を理解できるとは、もちろん言わないが。しかし、この作品は独自の世界を築いており、キェシロフスキーの語りも、社会的、歴史的なコンテクストに依存せざるを得ないほど、脆弱なものでもない。

これは死についていかに語り、受け入れ、忘れ、共有するか、の映画。語りの限界(=死)に挑戦しながら、メタローグではなく、物語として展開するという離れ業。以下、簡単にメモ。





荘厳な葬送曲。ヨーロッパの夜景?いや、無数のキャンドルの灯り。誰か死んだのか?それも無数に?数え終わらないくらいに?

僕は死んだ、

4日前に、

と始まる。男がこちらを見てる。ベッドには黒服の女が突っ伏している。ナイトテーブルのシュガーポッドからキラキラ光る透明の粒がでている。

弁護人リストに書かれた謎の疑問符は赤字。

誰が赤字を書いたのか確かめようと車を走らせると、エンジンが止まり、追い越していって行った車が事故にあう。事故現場から流れ出た血もやはり赤。去り際の交差点には針金のような十字架。

釈放=生きること、と考える弁護士が、心の真理に拘泥して、司法取引による釈放を拒む、政治運動のリーダーに、そんなに死にたきゃ飛び降りろよと言って、開け放った窓についていた十字に組まれた格子。

釈放の判決が出ても、家族のもとに戻っていくのが欺瞞であると考えるリーダー。法律という人間的な次元で人は救われない。

軽薄なナンパで体を売ることで自己処罰の欲求をたきつけ、詐欺のような心理療法で忘却を試みて逆に亡夫と交感し、亡き夫を想い自慰にふける女は、通気口を密封し、ガス台のつまみを回すが、キャンドルのようには火をつけず、ガスだけが彼女を満たす。最後に女がやって来ると、「やあ」と「4日前に死んだ」男は妻を迎える。冒頭の葬送行進曲が流れ、まるで法廷で容疑者と同伴する警吏とでもいった調子で、二人は遠くに消えていく。そんな二人を、十字に組まれた格子の手前からカメラが撮っている。

釈放され家族の元に戻るが救われない者。子供に長い別れを祝福してもらい、この世から消えて行こうとする者。回収不可能な真っ白い気持ちになる。悲しみとか無力さかと救いのなさとか、どうあってもそういう思いになる話しが散りばめられているのに、不感症のように真っ白だ。人間の法と十字架の法の彼方に二人は消えていく。


☆後記①
強力な死への吸引力がある。忘却の禁止と不可能性が、死を呼び込む。

この映画は、忘れるな、と言っている。しかしこの忘却の禁止は、可能性を前提していない。通常、それをしてはいけないと禁止する場合、それをすることが可能であるという前提を伴う。不可能なことを禁止するのは、馬鹿げているだろう。

忘れるな。この映画はそう言っているが、忘れることが可能であるという前提なしにである。この映画の女は催眠術をかけてまで忘却を試み、50ドルで身を売りさえするのだ。しかし、忘却は、女の生に到来しない。そして死が女の生を吸引する。この死による生の吸引はあまりに強力で、こちらも死にたくなるほどである。

しかし死に対して死で応えることがよいと、監督は言いたいのではない。生き延びた者が良き生を送るチャンスもあるのだ。ハンストのアクティビストが『愛に関する』に、実は登場するのだ。牛乳ビンの台車で生の賛歌を歌う青年と交錯した時の、爽やかな笑顔は、忘れがたい。


☆後記②
この映画は、無数のキャンドルで始まる。これは社会的な次元の話をするという合図だろう。しかしその社会的次元が、女の個人的な生に介入し侵食するのは、死んだ夫の謎の仕事を引き継ぐうちにという物語的な展開においてなのだ。社会的要素は物語の展開上、女の生と抜きがたく絡み合っているのだ。そう、女の救いと社会運動のリーダーの釈放は、合わせ鏡のように展開して、切り離せないながら、真っ二つに別の帰結を生むことになる。


☆2023/1/8 再視聴

ウラと催眠術師のやり取り

彼は生きてる?

「ええ」

だがあなたといない?

「ええ」

この先も?

「永遠に」

わかりました。
カラン

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