明石です

溶解人間の明石ですのレビュー・感想・評価

溶解人間(1977年製作の映画)
3.8
宇宙船が事故に遭い、放射線で皮膚を焼かれながらも生還を遂げた船員が、溶解人間になってしまう話。放射能でドロドロに溶けた自分の顔を鏡で見て発狂、精神錯乱して逃げ出し人を襲うという、核や宇宙開発にアンチテーゼを投げかけるブラックコメディ全開のお話。見た目のインパクトは凄いのに、物語としてはかなり哀しい肌合いのホラー映画で、モンスター化してしまった哀しみから人を襲ったりしちゃう展開は古き良き透明人間のお話を下敷きにしてるのかなと思った。

人体破壊のスペシャリスト、リック・ベイカーの過激な特殊メイクが見たくなり視聴。予想を遥かに超えて彼の才能が炸裂していて、もはや芸術作品だなとしみじみ思う。特殊メイクアーティストって、特殊効果を使えば後から好きな映像を何でも付け足せるようになった現代では忘れ去られつつあるけど、この時代のホラー映画には本当に欠かせない存在だったのだなとも。

むしろ特殊「効果」に頼らない分、天文学的な予算がなくても地道な技術の差で作品の質を高められる特殊メイクの力は偉大ですね(この溶解人間のレベルは現代の技術で再現しようとしても相当に難しいのでは)。それに、後から映像を付け足すわけではない特殊メイクは、そのグロテスクな造形物を現実に役者さんたちの前に存在させられるおかげで、溶解人間を目にした彼らの驚きがとてもリアルで本物らしく見える。

宇宙船が爆破しそうになり「熱い!熱い!」と叫びながらなんとか地上に帰還するシーンを『ドリーム』という映画で見たことあったので、本作が、NASAで起きた実際の事故(未遂)に着想を得て作られていることが想像でき、もしかしたら本作のようなこともあり得たのかもなと、妙なリアリティを感じてしまった。また溶解人間の存在は宇宙開発事業にかかわる機密事項なので公表できず、組織の保身のためにも、一刻も早くアイツを捕らえろ!!という『アンドロイドは電気羊(以下略)』のような展開は定番ながら胸躍る。

そしてロメロのゾンビ映画や、最近だと『ヒルズ・ハブ・アイズ』のように、放射能を浴びて生まれた悲しきモンスターという設定は、風刺が効いていてとても好き。しかもガイガーカウンター(放射能の濃度を測定するやつ)を使って溶解人間を捜索するという展開は、最高に皮肉の効いたブラックジョークだと思う。

切断された首が、桃太郎みたいにどんぶらどんぶら川に流れるシーンを謎の長回しで見せる演出は、完全にリック・ベイカーの趣味だ!という感じ(もちろん好きだけど)。そして本格的に体が溶けはじめ、目玉がどろりと落ちるシーンは垂涎ものの出来だし、完全に溶けきった元溶解人間を、清掃員が何食わぬ顔で掃除し、何事もなかったかのように物語が幕を引く淡々としたラストもかえってパンチが効いてて良い。また長回し関連でいうと、デパルマを意識したスプリットスクリーンが採用されてたり、『悪魔のシスター』に登場した黒人青年が本作では博士役で出てたりもする。

しかし、体が溶け出すと人を襲うようになるのはなぜ?という物語の根幹をなす部分への説明はなく、そこは若干心残りでした。体が溶けるにしたがって力が強くなったり不死身になったりするのはまあいいとしても(よくないけど)、殺人を犯したり、挙句、カニバリズムに走ったりするのはなぜなのでしょう、、笑。

そして本作、字幕がかなり酷い、、たとえば身なりのいい老淑女が突如としてヤクザ口調になったり(ふざけんじゃねえよクソ野郎が!とか)、他にも登場人物たちの台詞には、いつの間に人格崩壊したの?というような度を越した不自然さが目立つし、挙げ句、言ってもないことを勝手に字幕で追加したり、そもそも日本語としておかしな文章さえ散見される(君と君の妻にキレてしまった。この事実を謝罪したい…)。あと田舎の人の言葉を「〜しただ」とか「お前、誰なら?」とかって訳すのはステレオタイプにしても失礼だし、価値観が古すぎる。おかげで100%悪い意味での、こんなの見たことない…!という感想が残ってしまった。

翻訳家の柴田元幸さんが著書の中で「翻訳者としての自分は原文の奴隷だと思っている」という旨のことを書かれていて、まあそれは言葉の綾だとしても、本作みたいに翻訳者が字幕で勝手に「自分らしさ」を出そうとするのは本当に浅ましいと思う。この映画を頑張って作った人たちの意図とは全然関係ないところで評価が下がるなんて本来なら絶対あってはならないことだと思うのです。作品にリスペクトを持てない人が字幕作成なんていう大事な仕事に携わらないでほしい。

というわけで字幕を担当した配給側への怒りを込めて、不本意ながら星-0.5します。せっかくBlu-ray化までされているので、いつか字幕を直して再販してほしいなという期待も込めて。
明石です

明石です