みかんぼうや

ディア・ドクターのみかんぼうやのレビュー・感想・評価

ディア・ドクター(2009年製作の映画)
4.5
【個人の持つ“正義”と“倫理観”を世間の持つ“常識”と“倫理観”にぶつけ観客に問いかける、西川作品の魅力が凝縮されたヒューマンサスペンスの傑作。】

「え!フィルマ平均評価★3.6!?ホントに!?」・・・と思わず平均スコアを二度見するくらい、もっと高い平均スコアを勝手に想像していた(★3.8以上)。いや、映画はその人の価値観や観点、経験値で評価も大きく変わるのは十分理解していて、★2.0をつける人がいても全く不思議ではなく納得なのだが、平均点が低めということは、より多くの人の評価ということで、自分の評価との差に珍しく少しショックを受けた。

それくらい個人的にかなり好みだった本作。現代邦画の監督の中でも最も好きな監督の一人、西川美和監督の作品で、彼女の作品はどれも好きな作品ばかりだが、私的にはその中でも本作が一番好きな作品ではないだろうか。

ある片田舎の小さな村のたった一人の医師、伊野治(笑福亭鶴瓶)の医療活動を通して描かれる濃厚なヒューマンドラマ。序盤は西川作品では少し珍しい、鶴瓶のキャラを生かしたコミカルなタッチこそあるものの、作品の真髄は、やはり西川作品に共通した“表には見えないそれぞれの人間が持つ深い闇”。

それは、他人や家族を想っての意志か、人間としての“倫理”を重んじた反射的な行動か、世の中に対する“正義”か、それとも承認欲求という私利私欲か。人の命を通じて、人としての判断を問う。

西川監督は、常に彼女の作品の中で、ある人間にとっての“正義”や “倫理観”を、世の中の“常識”と“倫理観”にぶつけていく。そして、そこに善悪の明確な境界線を引くことなく、その境界線を描くための材料を様々な登場人物たちを通じて観客に提示し続ける。そして、その境界線をどのように引くかは、受け手側に委ねる。どの作品のラストでもそうだ。最後にたっぷりと余韻を残してくる。“結果としてこうなんだ”という分かりやすく明確な結論づけを見せないことは、逃げのように見えなくもないが決してそうではない。西川作品全体そのものが、受け手一人ひとりに対して、その人の持つ倫理観と常識について問うこと自体を機能、いや意図しているから。そして、私を含む西川作品好きは、観る前から、彼女の自己主張ではなく、この問いかけを期待してしまう。

本作は、過疎化し続ける村の厳しい医療の現実にも社会的視点をあてながら、上記のような西川作品の魅力がギッシリと凝縮されている。そして、その濃厚なヒューマンドラマを、安定の極めて丁寧な心理描写で魅せつつ、オープニングから医師伊野治の失踪というサスペンス調で興味を煽る脚本と演出を絡めていくことで、ドラマとしての強いメッセージ性とサスペンス的エンタメ性を両立し、最初から最後まで全く飽きさせない。

この絶妙な描写、演出、脚本をさらに傑作へと昇華させる決定打となっているのが笑福亭鶴瓶の演技。正直なところ、鶴瓶はタレントとしては好きだが、演技者としては、特に近年観た大河ドラマの岩倉具視役など、普段の鶴瓶のクセの強さが出過ぎていてあまり好感は持っていなかった(むしろ、その不安が強かったので、本作を後回しにしていたくらい)。

しかし、本作の鶴瓶の演技は、この役は鶴瓶でなければ演じられない、と思わざるをえないほど見事にハマっている。あの表向きはニコニコした表情の中に時折見える目の奥はどこか笑っていないような感覚が、本作の伊野治の生き方そのものと完全に合致しており、笑福亭鶴瓶という人間を題材にして、本作の伊野治というキャラクターを創り上げたのではないか、と思うほど演技がナチュラルだ。あの大河で持った彼の演技に対する苦手意識を一掃するどころか、演者としての彼のファンにさせられんばかりの名演技だった。そして、その周りを固める役者陣も申し分なく、まさに脚本、演出、演者が最もいい形で絡み合った好例だと感じた。

内容にサスペンス性があるので、核心に入り込み過ぎるとネタバレに繋がるため、話の展開や内容にはできるだけ触れないようにした。私の場合、話の大きな鍵を握るサスペンス要素については、実は作品を観てほんの数分で直感的に読めてしまったのだが、それが分かったところで評価には全く影響がないほど、見応えのある作品。

冒頭に記載したとおり、もともと西川監督は大好きな監督だったが、観ていない作品を観るたびに、これでもか!というくらい好きな気持ちが高まる監督も珍しい(だいたい最初の1、2本が一番面白くて、少しずつハズレも出てくるので)。まだ観ていない彼女の作品は「夢売るふたり」とデビュー作の「蛇イチゴ」。どちらもフィルマ平均スコアは西川作品の中で低めだが、今回同様、自分の嗜好のどこに刺さるか分からない。やはり、まずは自分の目で確かめるしかない。

【追記】
自分のレビューを上げた後、他の方のレビューを読み、思ったより平均評価が高くない理由に納得。なるほど、このシチュエーションの非現実性や、登場人物たちの判断に共感できない、という内容が結構多かった。私はその点が気にならなかったけど、確かに他の作品だったら、自分もそのように思うかも。西川作品の繊細な心理描写と俳優陣たちの演技ゆえに、本作ではそのあたりが気にならなかったのかな(西川監督贔屓もあったのかもしれません)
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