似太郎

下郎の首の似太郎のレビュー・感想・評価

下郎の首(1955年製作の映画)
5.0
個人的に尊敬する伊藤大輔監督の力作で、同監督のサイレント期の『下郎』のセルフ・リメイクでもある。新東宝作品。

封建社会の惨たらしさを描破した時代劇という意味で小林正樹✖️橋本忍の『切腹』の世界観にも通じるが、何やら若旦那(主君)と下郎の「主従関係」に焦点を当てている点が往年のマフィア映画にも近い印象を受けた。なにせ本作は、飼い主に手首を噛まれた犬の話なのだから。

伊藤大輔が終生に於いてこだわった「友情と裏切り」というモチーフが非常に今日的であり、ラスト近くの若旦那の内的葛藤が濃い辺りもどこか人間臭いのである。黒澤明のような社会主義リアリズムを全面に打ち出す手法とも違うし、かと言って溝口健二のように画面の様式美で主張するやり方とも違う。あくまで中道を行く感じである。ちなみに撮影を担当したのは溝口『西鶴一代女』の平野好美氏。

映像面に於いてはこの監督らしいビュンビュン動く横移動カメラや小刻みな編集などが特に印象深い。若旦那(主君)の裏切りによって苦々しいカタストロフを迎えるラストはマーティン・スコセッシの『アイリッシュマン』等を想起させる。どこまでも卑劣な男の物語なのである。この片山明彦演じる若旦那の堕ちっぷりが凄い。

冒頭で現代日本(50年代)の川面の風景が映し出され、お地蔵さんが「私は見ていた…」とナレーションで語り始める導入部もスコセッシの諸作に似ている。一貫して伊藤大輔は「物語」を語ることにひたすら腐心している気がしてならない。全編に渡って江戸末期の権力構造を解き明かしながら、最終的に男と女の「殉愛」に持ち込む辺りはとても日本的。(決してメロドラマではないけどね)。

主演の下郎役、田崎潤が猛々しい江戸時代のヒーロー像を見事に体現しており素晴らしい。
実に頼り甲斐のある男。彼がラストで恋心を抱いた遊女と共に血みどろの反撃に繰り出すシークエンスの壮絶度は、まさに筆舌に尽くし難い出来。人間の業(カルマ)とこの世の不条理を冷徹に描いた意味で真のリアリズム時代劇と言っていい邦画史上に残る名品だ。

いま本作のようなマイナーな作品を観ることはネットでは大変困難だが、もし中古DVDを見掛けたら即ゲットして、躍動感あるカメラワークと活劇ならではのダイナミズムを味わって欲しい。あの『七人の侍』『切腹』ですら霞んで見えるとこが凄い…。
似太郎

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