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サンダカン八番娼館 望郷のmasahitotenmaのレビュー・感想・評価

サンダカン八番娼館 望郷(1974年製作の映画)
3.9
ノンフィクション作家・山崎朋子のベストセラー「サンダカン八番娼館-底辺女性史序章」の映画化。
かつて、"からゆきさん"と呼ばれ、貧困のため人身売買で海外(南洋)へ売られ苦難の人生を歩んだ娘たち。
"からゆきさん"が多かった天草生まれの一人の女性の半生を、熊井啓監督が描いた力作。
田中絹代がベルリン国際映画祭銀熊賞 (女優賞)を受賞。(1974)

女性史研究家・三谷圭子(栗原小巻)は、今、ボルネオの北端にあるサンダカン市にいて、その昔、"からゆきさん"が住んでいた娼館の跡に来ている。
圭子は3年前天草で 小柄な老婆サキ(田中絹代)と偶然出会い、"からゆきさん"であったとの確信を得て、その過去を聞き出すために身分をふせて近づき、半月程、家に泊めてもらったことがあった。

~サキが語る過去の一部~
①1907(明治40):サキ(高橋洋子)は売られ、三井炭鉱の石炭積載船(密航)でイギリス領植民地北ボルネオ最大の港町人口2万人のサンダカンへ。日本人の経営する9棟の娼館の一つで働かされる。
②1914(大正3):初めて女郎として客をとらされる。
③1918(大正7):19歳、初めて好いた男・破産農家の息子、竹内秀夫(田中健)と会う。
④1927(昭和2):竹内との別離。娼館が女衒に売却される。お母さんと呼ばれた娼館の主人「おキクさん」(水の江滝子)の尽力で、くじ引きによりプノンペンに行かずに済む。
⑤1930(昭和5):「おキクさん」の死と彼女が作った共同墓地。
⑥1931(昭和6):帰国。白い眼。
⑦居たたまれず満州へ。結婚し子どもを授かる。夫の死。敗戦による引き揚げ。

「どぎぁんよか男でも、本気で惚れるもんじゃなか。本気で惚れると実ば誤るけんな。男っちゅうものは、みんな同じばい」

「うちは女であって、女でなか」

「隣近所の挨拶はよかばい。外聞が悪かとたい」

「人にはその人その人の都合ちゅうもんがある。話してよかこつなら、わざわざ聞かんでも自分から話しとる。ばってん、当人が言えんことは、言えん訳があるけんたい。お前が言わんことば、どうして他人のわしが聞いてよかもんかい」

「お前から銭ではのうて、貰いたいものがあるとじゃ」

「北はどちらです。日本の方向は?」

辛い過去を耐え抜いて、今は人里離れたあばら家でどん底の惨めな生活をしている元"からゆきさん"。
息子や嫁も訪れないのに、汚ないところに上がってくれた娘のような女性がありがたくて、本当にうれしい…。
彼女との別れのシーン…田中絹代が"極み"とも言うべき素晴らしい演技を見せてくれる。
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