あなぐらむ

その壁を砕けのあなぐらむのレビュー・感想・評価

その壁を砕け(1959年製作の映画)
3.8
チャンネルNECO・芦川いづみ特集にて。
冤罪法廷もので、時間系列推理が入った比較的一直線で土曜ワイド劇場みたいな話を、中平は非常にスピーディにかつ簡潔な語り口で一気に見せる。これで110分。あっと言う間である。
冒頭、東京から新潟までを疾駆する小高雄二のワゴン(節約して漸くキャッシュで買った芦川いづいづとの結婚への夢の象徴)のスピード感が、そのままこのお話の勢いとして継続し、ちゃんと最後にそれが回収されるのが見事。
この長岡から新潟に至る行程が事件のキーポイントとなるのだが、新藤兼人が描こうとするのは殺人のトリックではなく、この山村の閉鎖的な家族関係と婚姻についての問題である。殆ど出落ちで悪いのは渡辺美佐子だと観客には知れるのだが、事件を追う探偵役となる新人刑事・長門裕之の少々ひねくれた思慕が判断を鈍らせる。

閉鎖的な田舎で嫁に行き後家になるとどういう事が待っているのか、それを新藤は若い二人の「恋愛」に賭けているような真摯な魂と対比させる。芦川さんの出番はこ決して多くないが、警察署長(清水将夫が穏やかなインテリっぽくて良い)と辣腕弁護士(芦田伸介。こちらはちょっと無頼な感じを出していて絶妙)の二人と会話する時の彼女の、全く曇りなく恋人を信じる強い自信、ただ「結婚しよう」と言われた事だけで耐えてみせようとする清廉な魂が彼女が演じる事で強度を増し、事件を再捜査に向かわせる流れに無理が無い。
一方で寡婦となった渡辺美佐子こそがこの事件の本当の主役でもある。「ただ淋しかった」という偽証に至る理由。「家」の中で孤立した入り嫁の、これは戦中戦後における厳しい「状況」だったのである。

長門裕之は前年に今村昌平「果しなき欲望」もあって、その演技の勢いがある時期。しがない田舎の駐在の鬱屈と野心を巧みに演じている。刑事部長の西村晃は安定の西村晃。信欣三が今回は裁判長として落ち着いた采配を見せている(裁判官の一人に大滝秀治がいるのだが、台詞で一発で分かります)。あ、小高雄二もいつもの小高雄二です。よく見ると原田龍二に似てるんだけどな。

姫田真佐久の非常に手の込んだ(かつ自然な)撮影が、作品のテンポと緊張感を崩さずに最後まで持続させる。よくよく見ると「え、これってどうやって撮ってるの?」みたいな画が幾つもある。芦川さん、渡辺美佐子も美しく撮れていて、この辺りは中平とのコンビで正解。後段の再捜査を字幕で区切っていく手法もリズミカルで良い(っていうか、あんな皆で現場検証するの?)。助監督に西村昭五郎。

新藤兼人は日本の村落共同体(というか結婚制度)に強い問題意識を持っており、それが本作では推理劇のキーとして噛みあったのだろう。エンディング、事件があった地域をクラクションを鳴らして通り過ぎる二人に、徹底したその眼差しを感じる事ができる。

追記:音楽が日活では珍しい伊福部昭で、ゴジラまんまな劇伴もあり作品に重みを与えて印象深い。