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月の出の決闘の0000のレビュー・感想・評価

月の出の決闘(1947年製作の映画)
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しゅげえ〜!
丸根〜!

大原幽学もの。
山本薩夫が監督したド左翼座頭市映画に出てきたとき理想論者じみててウザかった記憶がある大原幽学……。この映画でもそれなりにそんな感じ……。
GHQ統制下の民主化啓蒙映画のていで作られてるからそこはしょうがない。

『狐の呉れた赤ん坊』のオープニングとまんま同じ構図でバンツマが飲み屋で喧嘩してるとこから始まる。

やたら「人間のクズ」と「友達」という言葉がよく出てくる脚本。それが伏線。

ヤクザとサムライが結託して農民が虐げられ、理想を語る農民指導者大原幽学が罠に嵌められ……、ってところについに正義に目覚めた「人間のクズ」こと飲んだくれ浪人バンツマが一肌脱いで、「友達」のため”いのちぼうにふろう”って感じの王道左翼展開。

なんか完全にマキノの名作『血煙高田の馬場』(決闘高田の馬場)のクライマックスを踏襲した殺陣がラストなんだが、ここで『血煙高田の馬場』にはなかったけど非常にマキノ的な要素でもあるところの「盆踊り」が、なんとバンツマの殺陣にクロスカッティングされる演出(『血煙高田の馬場』の場合決闘見物の野次馬が盛り上がりすぎてもはやお祭り会場と化しているという演出)。
森で百姓たちが盆踊りを踊る、その太鼓の重低音がどこまでも響き渡るなか、河原では月明かりに照らされながら、クズども相手にバンツマの立ち回り。
(夜の河原でヤクザとサムライを一手に引き受け孤独に戦って犠牲になるバンツマ、森で盆踊りする百姓、「みんな、元気いっぱい踊りましょう、それがあの男の行為に報いる何よりの道じゃ」とか講釈を垂れる大原幽学……。クロスカッティング演出というエモのために盆踊りと斬り合いが同時進行しててあまりに理不尽な一人『七人の侍』的「勝ったのは百姓」オチ……。インテリと労働者のためにバカが死ぬって話をただのいい話みたいにするなって感じは普通にある……。でも日本人はそういう話が好き……。『七人の侍』でいうと菊千代や久蔵が愛すべきバカで勘兵衛がインテリに当たる……。)
『血煙高田の馬場』の殺陣シーンの撮影の際マキノが現場でジャズのレコードを流して、それに乗ってバンツマが踊るように殺陣を演じたというのが伝説的な逸話だけども、この『月の出の決闘』においても明らかに盆踊りのリズムに合わせた感じで踊るような動きの殺陣を再びバンツマが、しかもマキノがワンカット移動長回しで一気に撮り切ったのと対照的に、これはキメた構図(後の加藤泰を思わせるような超ローポジションなども)と編集のリズムによって、殺陣と盆踊りをモンタージュしながらバズビーバークレーのミュージカルにも匹敵するような圧巻の映像演出を見せる。そして全員斬りつつもバンツマも斬られて倒れるところまでもを殺陣というよりミュージカルの振り付けのように音楽とシンクロさせながらの「終」のマーク! 見事すぎて笑う……。
黒澤時代劇以前だから刀同士が当たるキーンという効果音とかブシャッみたいな斬撃音もそもそもこのころはないんだけど、この映画は同録の竹の当たるチャンチャンという音も人物の「ヤア!」とかの掛け声も足音も河原の水音もぜんぶなしでミュートにしてあってそこに盆踊りの音楽だけが鳴り響くエモーションたるや。
『血煙』の勇壮さとは違う悲壮なエモーション。
しかも音楽深井史郎。ありがとうございます……。
『天狗飛脚』のクライマックスと同じく映像テクニックによって活劇を見せる丸根賛太郎。

「よしきた。それじゃあ俺はこれからあそこの河原へ行って、人間のクズばかりで怪しげな踊りを始めるぜ。お前さんはここでしっかりとお百姓たちを守っていなせえ。決して覗きになんぞ来ちゃいけねえぜ。おめえの代わりにクズどもの殺風景な踊りを見てござるのは、ほれ、あれだ、あれだよ……」月を指差すバンツマ。

「なあおい、この次この世に生まれてきたときには、お互いにクズにならねえように気をつけようぜ、わかったかい、わかったらクズはクズ同士、人斬り稼業の店じめえだ、さあ、仲良く一緒に踊ろうぜ」刀を抜くバンツマ。
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