優しいアロエ

奇跡の優しいアロエのレビュー・感想・評価

奇跡(1954年製作の映画)
4.5
〈宗教観の鶴瓶打ちと、その先に確かに待つらしい超自然的瞬間〉

 本作品は実に多様な宗教観が展開される。キリスト教に敬虔な者。不信な者。その両方を肯定する者。宗教観はあるが禁忌の恋に屈する者。キリストと自分を混同する者。宗派の異なる者。科学を信ずる者...。

 ゆえに本作は、(例えとして適切かわからないが、)ベルイマンのような観念的難解さというより、アスガー・ファルハディのように論理が混み合う難解さを持つ。「一人一役」の塩梅で“価値観を担当させていく”あたりが何とも人工的で息苦しいが、非キリスト教徒にも親しみやすい心理ドラマになっているのは有り難い。

 そんな価値観の坩堝のなか、ドライヤーは宗教社会を生きる人々の詭弁や軽薄さを検証していき、無宗教な人間を大いに楽しませてくれるわけだが、最終的に本当に「奇跡」を起こしてしまうのだからコワイ。確かにこれまでもジャンヌ・ダルクの頭上にハトを飛ばした『裁かるるジャンヌ』だったり、魔女の実在を仄めかした『怒りの日』だったりと、超自然的なものの存在を暗示してきたドライヤーではあるが、本作は暗示どころではない。はっきりと神秘の瞬間を提示している。トリアーの『奇跡の海』はこれに倣っているかもしれない。

 さて、ドライヤーは『怒りの日』でおおかた確立した撮影スタイルを、本作でさらに押し進めた。それは徹底的なロングショットと長回しによって室内劇を紡いでいくというものであり、顔面顔面顔面な『裁かるるジャンヌ』とは対照的な印象を与える。小道具や装飾の数を抑制し、無機質な白壁と影を際立たせることによって、普遍的な室内を神聖な空間へと昇華している。
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