ちろる

残菊物語のちろるのレビュー・感想・評価

残菊物語(1939年製作の映画)
4.7
古くから多くの映画評論家たちが絶賛している溝口監督 珠玉の名作。
デジタルリマスター版を通過してもまだなお聞きづらさと映像の不鮮明さは感じるにしても、溝口美学が随所に散りばめられたカメラワークに目を見張ってしまう。
とにかく後引く凄みがある作品だった。
こちらは2時間半超えの超大作であるのだけど、鑑賞中少し不思議なことが起こった。
開始30分くらいの感覚のころに、お手洗いに行きたくなり、キリの良い所で停止ボタンを押して戻った時に気が付いたのだが、実はすでに見始めて1時間半近く経過していた。
鑑賞者を一気に画面に引き寄せるダイナミックな舞台美術と長回しのワンカット。
ストーリーも去ることなながら、時間の感覚を忘れさせてしまうほどの作品だったと認めざる得ない。

この作品の神々しさは菊坊ちゃんを支え続けたお時に詰まっている。
舞台は明治初期、現代の私からすれば嘘だろ、いや、嘘と言ってくれと言いたいほどの耐え忍び、愛する人を支え続ける可憐な女性を、このお時が体現していた。
側から見ればこれは悲恋でしか無いのだけど、お時の夢は菊之助が皆に認められる実力をつけて花咲くことだったのだから「幸せ」と言ったのは本音なのだろうが、観ているこちらは苦しくていられない。

必死で舞台をこなす夫の舞台下で神仏に祈る姿だけでも、もう彼女の聖母的な美しさを十分表現している。
始終無邪気に振る舞っていた菊之助の、生まれ変わって凛とした姿を見れば、それはそれでまた泣けてきて仕方ない。
私は若い頃から歌舞伎は好きで、この鏡獅子の舞台も観に行っているのだけど、生の舞台を観ている私から観ても映像の中の最後の鏡獅子の舞にはこみ上げるものがある。
なんならこの作品そのものが壮大な歌舞伎のような、そんな荘厳な雰囲気すら感じられる。
厳しいと有名な溝口監督の鋭い視線が常にカメラと共にあり、少しの緩みも許されない緊張感がどの役者さんにもピンと張り詰められいて、その緊張感が観ている方も真剣にさせてしまうのかもしれない。
観られてよかった、ほんと。
だってこういう体験はなかなかないから

因みに、マイナスにしてる点は台詞の聞こえにくさと映像の見えにくさのみ。
作品としての仕上がりには文句のつけようはない。
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