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奇跡の海のOtoのレビュー・感想・評価

奇跡の海(1996年製作の映画)
4.0
信仰の厚い街の娘が油田で働く「よそ者」と結婚するが、二人に大きな試練が訪れて、彼女を応援する姉と医者を巻き込んでいく物語。
トリアー「黄金の心3部作」オールナイト上映にて。保坂大輔さんが映画美学校時代に「プロットに書き起こすべき名作」として勧めてくれていた作品。

『愛がなんだ』をより痛々しくした作品というべきか、夫のために無条件で尽くし続けることがアイデンティティとなってしまった妻の話。
終盤で「彼女は”善意”によって亡くなった」という素晴らしいセリフがあるけれど、本当にその通りだと思う。

夫が「他の男と関係を持て」というのも、妻を解放してあげたいという善意から始まっているものだし、ベスが娼婦になってしまったのももちろん善意。
「あんな思い込みで行動するなんて」という人の気持ちもわかるけど、あれはもはや「信仰」であって、結果として夫のことを救ってしまっているからなぁ。そうやって悪いループに入っていくのは自分も経験したことがあるし、ホストやアイドルに貢ぐ現代人も何も変わっていないと思う。

だからベスが自分の中に潜む神と対話して「お前が返せと望んだのだ」と言われるシーンは本当にドキッとした。最近もとあるトラウマを抱えた方から治療について話を聞く機会があったけど、人はこうやって自分自身の闇に飲み込まれていくのか…というのをリアルに体感した。自分自身と対話することで守っている人は少なくない。
分裂症とか統合失調症とか名前をつけて治療の対象にするのは簡単だけど、果たして彼女を精神病院に入れるのが本当に正解なんだろうか?ということを思ってしまったけど、最悪の結果を迎えてしまっているのを見ると、やっぱり他者が強引にでも介入するべきなんだろうなぁ。
メンヘラマニアの自分からしても特級クラスにやばいメンヘラだったし、ヘリコプターに乗り込むシーンかなり好き。序盤の姉の祝福に突っかかるシーンからしてやばい。

ここまで書いてきてわかるようにキャラクターはかなりぶっ飛んでいるものの、ストーリーとしてそこまで特殊なことはやられていなくて、「シーンを丁寧に描けば映画になる」ということを思い知った。つんくさんが歌詞において同じようなことを言っていたけど、やっぱり感動は細部の点から生まれるのであって、線から生まれるのではないのだと感じた。

<その他>

・この結末を「奇跡」と呼ぶのは非常に残酷だけど、ラストのフィクショナルな鐘の音も含めて、ベスからヤンへの祈りが叶ったように感じた。結果として「鬱映画」と言われがちだけど、救いはあるようにも感じる。「砕け散る波」の意の原題もすごい。

・長老たちが圧倒的なヴィランで、他者によって地獄行きを決められる世界って本当におかしなものだよなぁと改めて感じさせられて、姉のセリフは痛快だった。

・チャプターの選曲が素晴らしすぎる。T.RexのHot Loveが好き。血縁にあるヨアキムトリアーの『わたしは最悪。』も少し連想させたけど、美しい音楽によるミスリードは『フロリダプロジェクト』への影響もあったりしそう。

・主演男女の体の張り具合がすごい。オスカー主演賞へのノミネートは当然だし終盤の手術の描写も凄まじい。SEXも飾りではなく、伏線として必須のものだった。
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