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ザ・フライのnetfilmsのレビュー・感想・評価

ザ・フライ(1986年製作の映画)
4.2
 バートック産業のパーティ会場の席、科学者のセス・ブランドル(ジェフ・ゴールドブラム)は科学雑誌の女性編集者ヴェロニカ・クエイフ(ジーナ・デイヴィス)を熱心に口説くが相手にされない。物質移動と遺伝子組みかえの研究成果を熱弁する男は、自らが開発したテレポットを一度で良いから見てくれとヴェロニカを説得する。スクープにしか興味がない女は、ブランドルの部屋に嫌々ながら足を運ぶ。中央に置かれたピアノを完璧に弾きこなす男の姿に女は興味・関心がなく、先ほど話に出た「隣り合う2つのポッドの片方に収めた物体を細胞レベルで分解し、もう片方へ送った後、元の状態に再構築する」装置にしか興味がない。検体の提供を求められたヴェロニカは右足に履かれたパンティ・ストッキングを脱ぎ捨て、徐ろにポッドへ置く。声紋認証により右側のポッドに置かれた黒のストッキングは左側のポッドに転送され、煙の中から発見される。女はしばし呆気に取られた表情でことの次第を見つめ、何とか記事にしたいと懇願するが、ブランドルはその誘いを断る。科学雑誌の編集長ステイシス・ボランズ(ジョン・ゲッツ)の編集室、ヴェロニカに一目惚れしたブランドルは猛アタックを続ける。有機物での転送がなかなか上手くいかないブランドルは、ヴェロニカとかつての恋人であるステイシスの関係性に嫉妬し、自ら転送装置に入る暴挙に出る。転送は成功したかに見えたが、コンピューター上の一つのエラーが悲劇を引き起こす。

 前作『デッドゾーン』において、初めてスティーブン・キングの小説を映画化したクローネンバーグは、今作でも1958年のカート・ニューマンの『ハエ男の恐怖』をリメイクする。原作はジョルジュ・ランジュランの小説『蝿』で、まるで『美女と野獣』の逆再生のような時系列に併せた主人公の描写が儚い。高身長だが爬虫類系の顔をして恋愛に疎く、私服に無頓着で、5着同じ服を着ている男に何故かヴェロニカは母性本能をくすぐられる。心底クズな元カレとの関係を解消したいヴェロニカは、思いがけず運命の男に出会う。図らずもクローネンバーグのフィルモグラフィにおいて、『ヴィデオドローム』、『デッドゾーン』に続き3作続けて男女の恋を描いた物語は、ブランドルの身体の突然の変異から、2人の愛は思わぬ方向に向かい始める。当時のコンピューターの解釈の限界を示した物語は、行間や背景を解さない無機質なデジタル・プログラムの欠点を浮き彫りにする。心底真面目な研究者はその結果、アクロバティックな動きを繰り出す甘党となり、まるで性獣のように女を追い求める。身体が徐々に人間から昆虫へと退化して行く過程を描いた後半部分の壮絶さは、ジャポニカ学習帳の虫が怖いとクレームをつける現代人には承服しがたい。背中に生えた剛毛、指の皮が捲れあがり、剥がれ落ちた爪、歯周病のように抜け落ちた歯、簡単にもげる耳、焼けたように爛れて行く顔の皮膚は、束の間幸せだったブランドルの身に降りかかった悲劇を伝える。『ヴィデオドローム』にも登場したレスリー・カールソンの再登場、徐々に衰え行く主人公の残酷な描写は真実の愛の前でもがき苦しむ男と女を見事に描き切り、見事大ヒットに繋がった。
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