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ザ・ブルード/怒りのメタファーのnetfilmsのレビュー・感想・評価

3.7
 カナダのモントリオールにあるソマラリー医療センター、ラグラン博士(オリヴァー・リード)は催眠術でマイクの中にあるエディプス・コンプレックスを追い出そうとしていた。「マイク、俺を見ろ。お前が女に生まれて来ればミシェルと名付けただろう。」博士は巧妙に父親になり切り、そう言い放つとマイクの上着を脱がせる。上半身についた無数の傷跡。「サイコ・プラズマティック」の効果を実感した聴衆は拍手でラグラン博士を天才学者だと讃える。ただ1人怪訝そうな表情を浮かべたフランク・カーヴィス(アート・ヒンデル)は、娘のキャンディ(シンディ・ハインズ)を引き取りにやって来ていた。1人遊びをするキャンディの背中には、先程の精神病患者マイクと同様に身体に無数の傷跡があった。フランクは真っ先に妻であるノラ(サマンサ・エッガー)を疑う。妻との束の間の新婚生活、2人には1人娘であるキャンディが生まれたが、その頃からノラは次第に精神の均衡を崩して行く。普通の生活すら送れなくなった妻は精神科医で催眠術師のラグラン博士の元に入院していた。だが夫のフランクはこの精神科医をペテン師だと疑い始める。妻は精神科医の実験台にされているのではないか?フランクは仕事中、ノラの母親であるジュリアナ(ヌアラ・フィッツジェラルド)にキャンディを預けるが、正体不明の謎の小人に撲殺される。警察も把握出来ない奇妙な事件はやがて連続殺人事件としてフランクとノラの家族に襲いかかる。

 今となっては統合失調症(当時の精神分裂症)の誇張した姿に他ならないノラの精神疾患は、実の娘キャンディの近辺で怪しく蠢く。彼女の心的トラウマの原因は実の母親による折檻の苦い記憶に他ならない。実の母親に折檻されたトラウマを抱える妻はより分裂した症状を抱え、最愛の夫との離婚調停のショックと娘との対面禁止令が女の精神を狂わせる。ラグラン博士に続き、ジェーン・ハートグ(ボブ・シルバーマン)や冒頭のマイクなど、曰くありげな男たちの登場が続くが、それらは物語構造上のミスリードに過ぎず、クライマックスでは罹患した女の狂気が牙を剥く。白を基調としたキッチンに飛び散る真っ赤な鮮血、階段の手すりにつけられたべっとりとした血痕、ベッドの下から突如手を出したブルードの腕など幾つものショッキングな描写が続き、スクリーンを直視出来ない程である。妻が入院し、男手一つで育てることになったフランクの姿を不憫に思う女は幼稚園の保母さんであるルース・メイヤー(スーザン・ホーガン)だが、彼女の思いは無残にも引き裂かれる。外的奇形児となるブルードには臍の緒や性器がない。おまけに前髪パッツンで表情もなく、ターゲットとなる大人を金槌で殺める。クライマックスの木製の納屋と屋根裏の描写は随分牧歌的だが、妊婦さんが見たらトラウマになり兼ねない陰惨な描写の数々に絶句する。精神分裂症、肉体から出て来る不気味な腫瘍、ウィリアム・ワイラーの65年作『コレクター』でテレンス・スタンプの餌食となったサマンサ・エッガーの180度転換した精神の破綻ぶりがとにかく怖くて仕方ない。トラウマ必至のクローネンバーグ最強の恐怖映画である。
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