原作小説を大胆かつ巧妙にアダプテーションし、「パノラマ島」を吹っ飛ばして爽快な後味を残してくれました。
江戸川乱歩の「パノラマ島奇談」(注1)は傑作・名作ではありますが、どうにも気持ちが悪い。主人公が大金持ちの知人になりすまし、孤島に自分だけの桃源郷のような「テーマパーク」をつくりあげる。それが妖異幻想といえば聞こえはよいけど、気色悪く、暗く、探偵役の男も全く精彩がなく、最後は主人公のこれまた気持ち悪い自滅で終わります。全てが「死の世界」なんです。これはやはりヒーローが登場し、撃破しなくてはならない世界です。
原作の「007は二度死ぬ」を読んだとき、まず思い出したのが「パノラマ島奇談」でした。この原作で悪の親玉が作り上げる自殺城のような世界が「パノラマ島」と重なってしまうんです。ああ気持ち悪い。甘美な死の世界。
これを破壊してスッキリさせてくれないか。生(せい)の世界をもたらしてくれ。007でも誰でもよいから誰か盛大にこの自殺城を吹っ飛ばしてスッキリさせてくれないだろうか。と思うのですが、この原作ではこれを撃破すべきヒーロー・007も何故か影が薄い。何かこの自殺城に魅了されているとしか思えない。
それを晴らしてくれたのが映画版「007は二度死ぬ」でした。「パノラマ島」のような「暗く甘美な自殺城」を、米ソを手玉にとって世界征服をもくろむ「明るい秘密基地」に改変。そこに生(せい)の代表のようなジェームズ・ボンドを送り込み、それを撃破することによって素晴らしいカタルシスを堪能させてくれました。悪は自爆しますが、そこに至るジェームズ・ボンドとタイガー田中(注2)の活躍があるため、不完全燃焼の感じは致しません。
思えば007シリーズの多くは形は違えど、「パノラマ島」の破壊による「生(せい)の発露」の寓話に他ならなかったと思います。
これはショーン・コネリーでもジョージ・レイゼンビーでもロジャー・ムーアでもティモシー・ダルトンでもピアース・ブロスナンでもダニエル・クレイグでもかまわない。パロディ版のデヴィッド・ニーブンでもピーター・セラーズでもかまわない。ジェームズ・ボンド以外にはできないことでしょう。ジェームズ・ボンド以外の人は「パノラマ島」には決してひとりで行ってはいけません。こんな世界を描きだした江戸川乱歩は偉大です。それを破壊しようとしたイアン・フレミングも偉大であり、派手にそれを見せてくれた映画版も偉大です。
注1
「パノラマ島奇譚」という表記もあるようですが、ここでは「奇談」と致しました。
注2
丹波哲郎先生演ずる内閣秘密調査官(?)。いやもうカッコいいのなんの。
参考資料
「007は二度死ぬ」
イアン・フレミング・著
井上一夫・訳
1980年ハヤカワ・ミステリ文庫
早川書房
「江戸川乱歩名作集2 パノラマ島奇談」
江戸川乱歩・著
1973年 春陽文庫
春陽堂書店
「男たちのための寓話」
石上三登志・著
1975年
すばる書房盛光社