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イゴールの約束のnetfilmsのレビュー・感想・評価

イゴールの約束(1996年製作の映画)
4.0
 ガソリンスタンドで働く少年の元に、合図のように車のクラクションが鳴る。水色の作業着姿の少年は車に歩み寄り、老婆の要望に応えるが、程なくして老婆の財布が無くなる。先輩に溶接を見ていろと言われた少年は、先にトイレに行かせて下さいと言いながら、裏庭に穴を掘り、中身を抜いた財布を埋める。この少年の救いようもない蛮行が、後の重要な場面で、砂をかけるのを拒むことに繋がることを見逃してはならない。イゴール(ジェレミー・レニエ)は自動車の見習工だが、彼のキャリア・アップのきっかけを父ロジェ(オリヴィエ・グルメ)がことごとく阻む。不法移民の斡旋の仕事で暮らす父親にとって、息子の将来など当てにしていない。ダルデンヌ兄弟の映画では常に、父親であるはずの男が息子の将来を阻む。『ある子供』のブリュノも『少年と自転車』のギイ・カトゥルも、図らずも今作のイゴール役のジェレミー・レニエが演じているが、その姿はどこか今作の父ロジェの姿に被る。裏通りにひっそりと佇む不法移民宿泊施設では、ブルキナファソ出身で古株のアミドゥ(ラスマネ・ウエドラオゴ)とその妻アシタ(アシタ・ウエドラオゴ)が赤ん坊を抱え、親子3人肩身の狭い思いをしながら、水入らずで暮らしていた。

 父に心酔していた下層階級の少年は、だがしかし不法移民宿泊施設で起きた決定的な事件が元で、愛する父親と袂を別つ。覗き窓から見つめたアミドゥの妻アシタの姿を少年は少年なりに不憫に思う。乳飲み子を抱えた母親の姿に、少年は贖罪の念が拭えない。自らの罪の証拠を隠すように老婆の財布を埋めた少年は、彼が生きた痕跡を消すことなど出来ない。日々の生活ですっかり違法ビジネスに染まった父親とは対照的に、バイクや黄色のゴーカートの疾走感を捨ててまで、少年は母子の将来を案じる。その姿に、冒頭で罪を重ねた少年の姿はどこにも見えない。新しい家に入ったアミドゥ一家の悪魔祓い、突然迫り来るニワトリの喉元を掻っ切った小刀の気配、ベルギーの公道でバイクを走らせたイゴールの焦燥感、他界した42歳の男が大切にしていたラジオ。大切にしていた指輪を質に入れてまで、助けたかった主人公の思いは、不寛容な地元の人々に阻まれながら、少年の強い意志に貫かれた最後の決断に震える。ダルデンヌ兄弟の長編劇映画の3本目となった本作には、後の『息子の眼差し』から『ある子供』を経て、『少年と自転車』に至るフィルモグラフィの端緒が垣間見える。
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