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菊次郎の夏のnetfilmsのレビュー・感想・評価

菊次郎の夏(1999年製作の映画)
4.3
 ナップサックを背負い、歩道橋をかける小さな正男(関口雄介)の姿、東京・浅草、夏休みを目前に控えた正男とサッカー仲間で親友の祐二とは夏休みの予定を話し合う。祐二の家族はおばあちゃんの家に帰省すると言うが、正男には用事がない。小学三年生の正男は物心がついた頃から、煎餅屋を営む祖母(吉行和子)と2人で暮らしていた。父親は正男が小さい時に他界し、母親は遠くに働きに出ていると祖母から聞かされていた。夏休み初日、サッカーの練習に来た正男だが部員は誰1人としていない。トボトボ歩く寂し気な帰り道、高校生にカツアゲされる正男を近所に住むおばさん(岸本加世子)とその夫のおじさん(ビートたけし)が救い出す。杉山家に届けられた郵便物、判子を探しに引き出しを開けた正男は両親の新婚時代の写真を偶然見つけてしまう。幸せそうな着物姿の母親(大家由祐子)の写真を数学ドリルに挟み、正男は母親の住む愛知県・豊橋市を目指す。2,3日で母親の元へ送り届けると言う約束で、おばさんはおじさんに5万円を渡す。おじさんはその金をストリップ劇場、キャバクラで使い果たす。一発逆転の競輪場、ビギナーズ・ラックで大金をせしめたおじさんは正男にアルマーニの服を買ってやる。知らない人(麿赤兒)に付いていくなと伝えたおじちゃんと正男の二泊三日の2人旅が始まるのだった。

 今作はいわば『母をたずねて三千里』の現代版に違いない。幼い頃から両親の顔を知らず、おばあちゃんに育てられた正男には兄弟はおろか、同じ境遇の友達すらいない。そこへお節介をかけるのは『HANA-BI』から2作連続でビートたけしと夫婦役を演じた岸本加世子に他ならない。極めて寡黙だった『HANA-BI』とは対照的に、今作の岸本加世子は喋りまくる厄介者の妻を演じる。夫は相変わらず寡黙だが、極めてどうしようもない中年として描写され、ここに大人びた子供と、子供じみた大人との対比の構図が浮かび上がる。2人の旅は正統なロード・ムーヴィーとしての性質を帯びる。一夜にして大金をせしめたおじちゃんの財布はあっという間に底をつき、心底どうしようもない旅が始まるのだが、2人は時間を重ねるほどに友情が芽生える。悪夢から目覚めた少年が見たおじちゃんの背中の刺青、まるで小津安二郎の映画のような2人並んで釣りをする構図、縁日の屋台で羽目外したおじちゃんの痴態、椅子でぐったりうなだれるおじちゃんのために朝早く薬局のドアを叩いた正男の焦燥。映画は『母をたずねて三千里』のような感動の結末に向かう気はサラサラなく、『3-4x10月』や『ソナチネ』の後半の沖縄編のように脱線・脱輪・脱臼を繰り返す。デブ(グレート義太夫)とハゲ(井手らっきょ)のバイカー2人組、あんちゃん(今村ねずみ)らアウトローたちと、正男とおじちゃんの触れ合いは物語の定型を著しく逸脱する。冒頭部分に映し出された翼が生え、天使の輪っかが見える女性の絵は、前作『HANA-BI』に呼応する。天使ではなく、天狗にさらわれる少年の悪夢は、天使の鈴を媒介に正男の成長を促す。それと共に母親を巡る旅はおじちゃんにとっても大きな贖罪の旅となる。
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