砂場

一人息子の砂場のレビュー・感想・評価

一人息子(1936年製作の映画)
4.2
良助は「秋刀魚の味」の佐久間先生(東野英治郎)につながる負の連鎖を断ち切れるのか、、、明るい兆しと不穏感をどちらも感じる


ーーーあらすじーーー
■1923年信州
母やんは製糸工場で働いていた、家で粉を引く母やん(飯田蝶子)、学校から息子良助の中学進学の相談、銭ないのでいかんでええ
大久保先生(笠智衆)が家庭訪問にやってきた
息子は母が中学に行く許可したと先生に伝えたようで、大久保先生は
よく決心なさったと母を褒める、これからは勉強しないと偉くなれない
先生が帰った後で、勝手に中学進学を決めた息子を母のつねは
ビンタ、なんで嘘つく、中学校なんかいけるもんかい、ばか
■翌日、一晩考えたけど、中学行くんだ、な、勉強するんだ、母やん、僕勉強して偉くなるよ
■1935年信州
息子は東京で仕事をしている、21歳になっていた
■1936年東京
母が汽車で東京に来た、出迎える良助、家に向かう途中、実は女房もらっちゃったんだ、驚く母、家に着くと妻の杉子 (坪内美子)が母を出迎えた。奥の部屋には赤ちゃんが寝ていた。去年生まれたという。母に知らせなきゃと思いつつも知らせていなかった。勤めは夜間高校の教師、母は市役所と聞いていたが、、
市役所は半年前にやめたんですよ、そうだっか
母に東京見物してもらう金がなかった、
同僚に五円貸してくれんか、さらに上司にも五円借りる
母は家計が心配、杉子に学校でいくらもらってますか、教師の給料は安いけど生活はなんとかなっています
■母と良助は大久保先生に会いに行く、とんかつの幟が立っている
チューチュータコかいなー、すっかり老け込んだ大久保先生
ああ、これは珍しい、再会を懐かしむ
先生は顔洗う、すまんが手ぬぐいを取ってくれんか、先生の奥さんが帰って来た、赤ん坊を背負っている、四男です
■映画館でお母さんこれがトーキーってんですよ、母は居眠りしていた
良助は杉子に明日からどうしようか、家計はピンチだった
■良助と母は家の近所を散歩
近所のゴミ焼き場、ゴミを燃やす煙突の煙
おとなしいええ子じゃねえか、母は杉子を気に入ったようだ
良助は気持ちをぶつける、
学校でてこんなじゃ、おっかさんに苦労かけて東京の学校に行かしてもらって、さぞがっかりしているでしょう、
もう東京ではスゴロクのあがり、田舎で暮らしたかったなあ、勉強しても夜学の先生がやっと
■夜中、寝付けない母、
まだわけえんだもん、、あたしはしょうがねえて諦めたことねえだよ
母やんこれが東京なんですよ、おめえには黙ってたけどうちも畑もねえんだよ田舎じゃ今長屋に住んでるんだ、
母は学費を工面するために家も畑も売っていたのだった
その話を聞き、陰で涙する杉子
■翌日杉子は良助に金を渡した、着物なんてどうせ着ないし、これでお母さんをどこかに連れて行って
隣の家の奥さん(吉川満子)に留守を頼みに行く
隣の家の男の子トミちゃんは友達に虚勢を張って馬に近づいて蹴られてしまった。医者に見せないと、良助は男の子を抱えて医者に
治療の結果2、3日入院してればいいことになった、思ったよりも軽症だった。良助は隣の奥さんに金を渡し、失礼かもしれないが
これ使ってくれませんか、困ったときはお互い様ですという。



<💢以下ネタバレあり💢>
■家で、東京見物にいけなかったのでお母さんすみませんでした、今日は一日大変な日だった
、いやあ母やんは今日は鼻が高かったよ、自慢の息子だよ、どんな立派なところに連れてってくれるよりも、今日のお前の行いが何より、お大臣になれなくてもよかったんかもな
■母は信州に帰っていった、見送った帰りに退院してきた隣の息子と奥さんに改めて礼を言われる。
ふと机を見ると母は赤ちゃんにおくるみでも買いなさいと小遣いを置いてくれていた、良助はもういっぺん勉強する、教員免許取ってみると決意を杉子に語る。この子だっていつか大きくなる、スゴロクのいいスタートを切らせてあげたい
■信州では母は床掃除をしている、知り合いには息子はえらくなっていたと言う、これでオラも安心だし、、これでいつだって目つぶれるわ
ーーーあらすじ終わりーーー



🎥🎥🎥
本作「一人息子」は小津の初めてのトーキー作品である。サイレント時代はハードボイルド、サスペンスからコメディまで幅広い作風だったがトーキー時代はほぼ一貫して家族の物語を描いている。
小津にとっては「非常線の女」などのハードボイルドはサイレント向きだったのかもしれない。あのかっこいいセリフも肉声だとくどいかも😅
一方で家族の物語はトーキー以降さらに深く掘り下げられることになる。
笠智衆のあの声のトーンはやはりトーキーでないと表現できない。
学校の先生を辞めて一念発起東京に出たはいいが、とんかつ屋をやっている大久保は再会の場面の最初のセリフが

チューチュータコかいな

この声のトーンにはなんとも情けない感じ、ユーモラスな感じがあってこれはトーキーならではだなあ。

家や畑まで売って良助を東京の学校に行かせた事は良助には黙っていたのだが母が告白することで、良助はもう一度やってみようと奮起、杉子も自分の
着物を売って生活を支えようとする。
どことなく呑気で人のいいキャラであった良助の目覚めてゆく姿はなかなかいいし、人がいいからこそ隣人を助ける面もある。
そんな良助を誇りに思う母の姿は感動的だ。

大久保先生がまだ小学生の良助にこれからは学歴がないと偉くなれないというのはもちろんある意味正しい。
就職ももちろんそうだが、その作品の舞台の数年後に起きる戦争の徴兵制でも高学歴の学生は後回しだった。
また良助は数学の先生のようなので、理系は徴兵されても前線には行かずに設計などの仕事につけたので死なない確率は高かったと思われる。
しかしながら戦争が劣勢になるにつれ高学歴学生も学徒として徴兵され、平民出の軍人にイジメの対象にあった。
「きけ わだつみの声」でも学徒兵=高学歴兵士の特攻隊の悲劇もよく知られている。
結局学歴ってなんだったのだろうか?という思いは小津には一貫してあったと思う。

インテリ先生が落ちぶれていくと言うモチーフは以降の小津作品でも何度か登場する。
「東京の合唱」では大村先生(斎藤達雄)はカレー屋、遺作となった「秋刀魚の味」でも佐久間先生(東野英治郎)はラーメン屋を営んでおり、みんなうまく行っていない。
それぞれとんかつ🐖、カレー🍛、ラーメン🍜というガッツリ系の店というのが面白い。

これは予見的なところがあり、現代でも博士課程まででたポスドク問題があって、一握りの教授になれる人以外は年齢的に民間企業にも行けないので薄給のままニートのような生活を送っている人も多いと言う。

大久保先生の描き方は、チューチュータコかいなもそうだし、顔を洗って良助に手ぬぐいを取ってくれと言う情けない描写もそうだしユーモラスな中にもかなりシビア。
主人公の良助も奮起するところは明るい兆しも見えるが、結局は昼間の学校の教員になるのが目標であり、落ちぶれていく教員の負の連鎖を抜け出られないかもしれないという不穏さは感じさせる。
もしかしたら、良助の将来は「秋刀魚の味」の佐久間先生(東野英治郎)なのかもしれない
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