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WANDA/ワンダのnetfilmsのレビュー・感想・評価

WANDA/ワンダ(1970年製作の映画)
3.8
 女は微睡の中突然、強い音に気付き叩き起こされる。ソファーの上でうつ伏せになる女の顔は少女のように無邪気だが、どうやら彼女の姉妹らしい人物は大人の身なりをしている。姉妹の間に会話らしい会話はない。それどころか旦那の姉妹だった可能性もある。アメリカ・ペンシルベニア州の炭鉱の町は最初からグレーがかっている。ニコラス・T・プロフェレスのカメラはそれを望遠で据える。気怠い雰囲気を讃えた女性は(おそらく)昼過ぎから外へ出て、行動を開始する。ワンダ・ゴロンスキー(バーバラ・ローデン)の姿がジーナ・ローランズに見えて仕方ない。32年生まれのバーバラ・ローデンに対し、ジーナ・ローランズは30年生まれだから殆ど同世代だ。それどころかジョン・カサヴェテスの『こわれゆく女』や『ラヴ・ストリームス』は今作の冒頭部分に強いインスピレーションを受けたのは明らかだろう。定刻通りに始まった離婚裁判の現場に彼女の姿はない。苛立つ裁判官や弁護士たちを尻目に、遅れて入ってきた彼女の頭にはヘアカラーが巻かれている。子供たちには既に新しいお母さんが座っていて、母親の務めをしっかり果たしているように見える。母親失格の烙印を押された女は夫と築くはずだった幸せな生活も子供たちの未来はおろか、住む家すら失っている。浴びるように酒を飲む怠惰な毎日は果たして彼女が望んだものなのだろうか?

 今作は59年に起きた実際の強盗事件=三面記事に端を発している。然しながらクリーヴランドで起きた強盗事件はアメリカン・ニュー・シネマのような華麗な強奪劇にはならない。女はその日酒を奢ってくれた男といつだって行きずりの恋に落ちる。彼女の身なりは年相応の草臥れ方だが、口説かれベッドを共にする度に少女のような目をしている。よく知りもしないくせに、彼女は誰かを知った気になり、彼のためにいつだってベストを尽くそうとする。買うもののリストですら満足に覚えられないワンダのことを男たちは罵り、落伍者の烙印を押す。自分だって落伍者にも関わらずである。ノーマン・デニス(マイケル・ヒギンズ)に平手打ちされてもなお、彼に従おうとするワンダの姿は現代ではなかなか共感を集められないのも無理ない。然しながら生活の疲れが滲み出たような草臥れた服を取っ払い、デニスが買ってくれた服に着替えた彼女の表情は満ち足りた幸福な表情をしている。ヘアカラーから生花への劇的な変化は、彼女の心の中を確かに変える。その瞬間、身勝手だった母親は少女のような微笑みを見せるのだ。今作を「幻の傑作」と称する向きもあるらしいが、はっとするような場面は実はあまりない。中盤のデニスの登場あたりから演出と編集ははっきりと間伸びしている印象だ。だが素人の域の出ない今作は同時に、女性監督・主演・脚本の記念碑的作品でもある。まだまだ女性が積極的に参画のない時代に、ここまでのことをやってのけた女性がいたという事実だけは永遠に色褪せない。
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