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回路のnetfilmsのレビュー・感想・評価

回路(2000年製作の映画)
4.2
 海の中をどこかへと向かう船長(役所広司)の姿、「ある日それはこんな風に始まった」という工藤ミチ(麻生久美子)のナレーション。屋上に仕事場を構える観葉植物販売会社「サニープラント販売」では今日も出社拒否を続けている田口(水橋研二)の話題で持ち切りだった。同僚の佐々木順子(有坂来瞳)や矢部(松尾政寿)はコンペの資料作りで一週間も休むのはどう考えてもおかしいとミチに切り出す。その日、ミチは田口の様子を見に彼の部屋へと向かっていた。バスを乗り継ぎながら郊外のマンションへ、鉄骨の階段を昇った先に田口の部屋はあった。鍵の掛かっていない部屋、パソコンのあるデスク、半透明のカーテンで仕切られたその先には田口の姿があったが、どこか精彩がない。彼が纏めたフロッピーディスクを回収したミチの後ろで起きた田口の死。パトカーのサイレンが郊外の夜に鳴り響く。ある日矢部の携帯に田口の声で「助けて」という電話が掛かってくる。矢部は田口の部屋を訪れるが、半透明カーテンの向こうで怪しい物体に呪いをかけられ、田口に続き忽然と姿を消す。一方その頃、大学生の川島亮介(加藤晴彦)は何気なくインターネットを開こうとしていた。NECのパソコン、解説書を見ながらADSL接続をする川島の元へ届いた奇妙なバナー、「幽霊に会いたいですか」と問う気味の悪いサイトにアクセスしてしまう。翌日川島は大学のパソコン室の助手の唐沢春江(小雪)の元を訪ねる。

 映画はミチの周辺に起きた奇妙な物語と、大学の経済学部に通う川島の物語を並行して描写する。パソコンを始めてみようと思い立ち、モデムにつなごうと思うも、パソコンの知識のない川島は上手く出来ない。すると強制的にサイトが現れ、「幽霊に会いたいですか」という謎のフレーズを目撃し狼狽える。ここでも『カリスマ』における「世界の法則を回復せよ」や、『大いなる幻影』における「どうして誰も何もしないの」と同様に、主人公は心底哲学的なパンドラの匣を開けてしまう。映画は開巻から半分を過ぎたあたりから、『カリスマ』や『大いなる幻影』同様に、世界の秩序の崩壊やバランスの不均衡が露呈する。そこで問題となるのは世界vs個人である。コンビナートの鉄塔の上から躊躇なく飛び降りる人間の、落下の一部始終を据えたカメラは『大いなる幻影』以上に残酷で容赦ない。またドアの通気口の隙間を赤いガムテープで塞ぐことが恐怖を演出する。その一連の流れを麻生久美子が目撃する中盤の決定的な場面から、物語はより混沌とした世界へと向かう。今作の怖さの本質は、そこに確かに存在した生身の人間が、ある日急に消滅してしまうことにある。開かずの間も黒いシミも、その身体の消失を『蠅男の恐怖』の物質電送機のようにおぼろげに明示する。こちら側の世界にいた人間が、ある日突然あちら側の世界へと行ってしまった。今作もこちら側の世界とあちら側の世界を隔てる一つの境界線の物語に他ならない。黒沢映画が「未来」という言葉に刮目したのは今作が始めてで、ここに次作『アカルイミライ』への奇妙な符号を見るのである。
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