櫻イミト

逃亡者の櫻イミトのレビュー・感想・評価

逃亡者(1947年製作の映画)
4.0
ジョン・フォード監督の独立プロダクション”アーゴシー・プロ”の第1作。メキシコ映画。原作は「第三の男」(1950)のグレアム・グリーン。撮影は「忘れられた人々」(1950)「エル」(1953)などメキシコ時代のブニュエル監督作を担ったガブリエル・フィゲロア。

1930年代のメキシコ、新政府によってカトリック教会は弾圧されていた。逃亡中の司祭(ヘンリー・フォンダ)はある村で、カトリック信者マリア(ドロレス・デル・リオ)に出会いその私生児を洗礼した。やがて職務に忠実な警官(ペドロ・アルメンダリス)に追い詰められた司祭は、同じく逃走中の殺人者グリンゴ(ウォード・ボンド)に助けられるが。。。

表現主義的な陰影の強い映像はフォード監督作の中でも屈指の素晴らしさだが、演出に難があり惜しい作品。公開当時は興行的に大失敗となり批評的にも芳しくなかったとの事。

序盤と終盤の教会シーンは驚くほど神秘的で実に好み。メキシコの風景も芸術的に切り取られブニュエル作品を観るかのよう。撮影監督ガブリエル・フィゲロアの腕前に感心する。本作がフォード監督お気に入りの一本なのは、師匠ムルナウ監督にテーマ・映像とも近づけたという手応えがあったからかもしれない

しかし本作を“惜しい”作品にしてしまった原因はフォード監督の演出にある。まずは音楽の入れ方で、いつもの西部劇のような情緒的な劇伴を流し続けているために、信仰の苦悩が矮小化してしまっている。また、原作では “ウイスキー神父”と呼ばれ清濁併せ持っていた主人公を、改変し聖人のように描いたことでキャラクターが薄くなり何者なのか不明になってしまった。ダドリー・ニコルズによる脚本にフォード監督がどれほど手を入れたかはわからないが、主人公の英雄化と感傷性はフォード監督の定型パターンだ(監督インタビューでは“コード検閲を避けるために改変した”と語っていた)。「男の敵」(1935 原題The Informer:密告者)」でもキリスト教を取り扱っているが、同様の演出のおかげで哲学性が損なわれている。

本作の最も特筆すべき背景は、フォード監督にとって初めての独立プロ制作だったこと。それまでは与えられた脚本に殆ど手を入れなかったのが、本作からは大きく手を加えるようになった。「駅馬車」(1939)や「果てなき航路」(1940)など数々の名作脚本を手掛けてきたダドリー・ニコルズは、本作を最後にフォード監督作の脚本を書くことは無かった。戦後のフォード監督が似たような軍隊愛映画を連発するのは、戦争経験以上に独立してワンマンになったことが大きいのだと個人的には腑に落ちた。同じスタッフ・キャストで、フォード以外の名匠が監督していたら大傑作になっていたかもしれない。

それでも、映像は素晴らしく基本プロットも非常に興味深い。個人的にはフォード監督クレジット作のベスト5に入る一本。

※原作『権力と栄光』は、遠藤周作が『沈黙』(1966)を書く際に大きな影響を与えた。

※撮影ガブリエル・フィゲロアは1930 年代のハリウッドで、「怒りの葡萄」(1940)「市民ケーン」(1941)の撮影監督グレッグ・トーランドに師事していた。

※ドロレス・デル・リオは「市民ケーン」の撮影中にはオーソン・ウェルズと交際していた。

■ガブリエル・フィゲロアが撮影したブニュエル監督作品
「忘れられた人々」(1950)
「エル」(1952)
「ナサリン」(1958)
「皆殺しの天使」(1962)
「砂漠のシモン」(1965)
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