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BROTHER(2000年製作の映画)
3.9
 カリフォルニア行きのタクシーの車中、英語が話せない山本(ビートたけし)は強張った表情を浮かべながら、一点を見つめていた。運転手は「いい女を紹介しようか?」と笑いながら話すが、英語が話せない彼は無反応だ。やがてホテルにチェック・インし、ドア・ボーイに100ドルのチップを気前良く渡す。数ヶ月前の東京、花岡組の幹部だった山本は花岡の身に危険が迫るのを察知する。場末のキャバレー、貸し切りで飲む花岡はクラブのママ(かたせ梨乃)に上機嫌で話しかけるが、ある従業員の怪しい行動が目に留まる。山本は抗争相手を後ろから撃つことにも躊躇しない冷酷無比な男だった。弟分の加藤(寺島進)を従え、兄弟分の盃を受けた原田(大杉漣)とも緊密な関係を築いて来たが、平和な日々はある日突然、崩壊する。組長は殺され、警察官僚(大竹まこと)と久松組幹部(六平直政)の組織解体への見えないプレッシャーを感じ、花岡組は2つに割れた。花岡組長をたった1人の師と仰ぐ山本は、原田たちの久松組合流を快く思わず、追われるように、留学したまま消息が絶えてしまった腹違いの弟のケン(真木蔵人)を頼って単身、アメリカに渡る。ケンに会いに行く道中、黒人の男デニー(オマー・エップス)と路上でぶつかった山本は、躊躇なくデニーの左目を割れた赤ワインの瓶で小突く。この場面の衝撃は、初期作品の頭突きのように至近距離から唐突に繰り出されたいわば「不意打ち」の手つきである。

 散々煙たがられた山本のアメリカへの旅は、『3-4x10月』や『ソナチネ』の沖縄への旅と同工異曲の様相を呈し、その目的はただただ雲散霧消化し、本筋を逸れて行く。山本は原田の進言が無意味なものであることを最初から熟知している。すっかりアメリカナイズされ、彼らの流儀で生きるケンとは対照的に、山本はもはや時代遅れとなった任侠の世界を地で行く。英語を話せず、多めにチップを配る山本の姿は滑稽に描写されるが、数十年間貫いて来た仁義を今更変える気など毛頭ない。ヤクザ流でシマを拡大する山本の強引なやり方に最初はケンもジェイもデニーも困惑した表情を浮かべるが、次第に山本の死をも恐れない大胆さの虜になる。花岡組長を生涯の師とした山本と同様に、加藤も山本に何があっても突いて行く昔気質で時代遅れのヤクザだが、彼の身を呈した自己主張がやがて組織に悲劇をもたらす。ここには武が『その男、凶暴につき』から『ソナチネ』で見せた自殺志願者たちの死をも恐れぬ欲望が露わになる。加藤のこめかみに突きつけられた拳銃、原田が仁政会組長(渡哲也)の前で見せた割腹未遂、死をも恐れぬ任侠精神はやがて日本人の血に伝染して行くが、黒人たちにはわからない。「Fuckin' Jap」の滑稽さのメタファーとなる加藤のバスケット・ボールの場面の秀逸さ、『HANA-BI』でトランプ・ゲームに興じた西と美幸夫婦のように、デニーと山本とは賭けに興じるたびに友情を深めるが、日本人の精神性までは理解し得ない。今作はヤクザとマフィア、ドラッグ・ディーラーとの違いを明らかにしながら、滅びの美学に興じる日本人の殉教精神の狂気をも露わにする。クライマックスのダイナーの場面は、武が憧れたアメリカン・ニュー・シネマそのものの残酷で痛ましい末路に他ならない。
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