茶一郎

プーサンの茶一郎のレビュー・感想・評価

プーサン(1953年製作の映画)
4.6
 笑。おそらく、まだまだ短い「日本お笑い史」における最高傑作の一つだと思う。
 後の『億万長者』、『満員電車』に続く市川崑監督の「風刺喜劇三部作」の一作目にして、崑タッチと呼ばれる実験的な編集と、新聞連載の四コマ漫画『プーサン』、『ミス・ガンコ』を映画に翻訳するという和田夏十氏の驚き脚本術が見事にハマった傑作。クール、ポップ、スピーディに何とも映画が活き活きと。崑タッチの編集と当時の庶民のユーモラスな会話により、映画に脈打つリズムと呼吸感が生まれた。
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 朝鮮戦争特需による好景気の最中、世間の波に巻き込まれていく予備校講師の野呂。要所要所で当時(だが、確実に現在に繋がってる)の日本についての風刺、かつ高度なコントが繰り広げられる。
 市川崑監督の技法によって特に今作が輝いたのは、銀行で山のような札束を数えるカンコの描写、またどんどんと膨らむ税金の金額の桁数で目がくらむカンコ父の描写。さすがはアニメ出身監督の市川崑監督と言った所、とても馬鹿馬鹿しい漫画的表現は眼福であると同時に、庶民は貧乏のままなのに銀行や国はお金を持っている様子を皮肉に表していた。ルンペンの列、増加する失業率、流行する服毒自殺。結局、世間が好景気と言っても苦労するのは庶民たち。汚職した政治家は刑務所に入ってもお金を稼ぐ始末である。
 非常に鮮烈なのは、朝鮮特需で生まれた仕事に就くことに対して、間接的に戦争に加担する罪悪感を覚えている主人公・野呂の様子だった。野呂は原作同様、狂言回しとしての役割を担いつつも、その世間に対して異議を唱えない姿勢が逆に世間の「おかしさ」を浮き彫りにする。
 今作は最後に、まだ昇らない朝陽に向かって歩く野呂の背中を映した。まるでまだ未来の見えない日本で、希望のない生活を強いられ闘っている庶民たちを応援するように。今作が凡百なコメディ映画に終わらないのはコメディ・お笑いこそ庶民の味方であり、「お笑い」の真の役割は「自分を笑うこと」・「自分が置かれている絶望的な状況を笑うこと」にあるとし、逆説的に庶民を賛歌、そしてラストで途轍もない感動を生む映画的なその強度の大きさにある。
茶一郎

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