デニロ

戸田家の兄妹のデニロのレビュー・感想・評価

戸田家の兄妹(1941年製作の映画)
4.0
大分前、今は亡き叔父が結婚することになった。50歳に手が届くような年齢だったろうか。お相手は20代の女性だった。叔父は、事務所兼自宅に母、妹と同居していていたのですが、妹の存在をお相手に知らせていなかったようです。で、その妹/わたしの叔母は、わたしの家に隠されるように追いやられたのでした。その頃、わたしは何で叔母が家に住むことになったのかが全くわからずにいたのですが、男子は殿様の様に、女子は姫様の様に育てていたと話していた祖母の言う通り、習い事、たしなみ、心構えなどはしっかりしておりまして、そんな彼女と年齢の近いわたしの母が合うわけございません。母は、いつもイライラしていて家の中はぎくしゃくしていたものです。勿論、父は殿様の様に育てられた結果なのか処世術なのか、良きに計らえ、というのか見て見ぬフリをしていたというのか。でも、1年ほどで叔母は叔父の家に引き取られることになったのでした。

本作の、三宅邦子と高峰三枝子のあれやこれやのやり取りを観ながら、居たたまれなくなってそんなことを思い出した。

1941年製作公開。原作脚色池田忠雄、小津安二郎。監督小津安二郎。オールスターキャストです。

戸田家の当主/進太郎の妻の還暦祝いに娘、息子、そしてその配偶者らが集まり、戸田家の広々とした内庭で煉瓦造りの洋館を背景に集合写真を撮ろうというシーンから始まる。二男/佐分利信、三女/高峰三枝子のやり取りが妖しく仄めいて見えるのは気のせいでしょうか。ふたりで、襖の向こうを出たり入ったり。その後、皆で銀座で会食をして、家に戻ると進太郎が唐突に亡くなってしまう。

長男/斎藤達雄曰く、お父さんはお人好しであちこちの保証人になったりしていて分けるような財産は無くなっている。この屋敷も売却して借金返済に充てなくてはならない。そのあおりで高峰三枝子の縁談がたち切れになったりもする。

ということで、母/葛城文子、三女/高峰三枝子は、順に長男、長女/吉川満子、二女/坪内美子の家々を渡り歩くことになる。女中/飯田蝶子と九官鳥を連れて。で、居候の佐分利信は友人の笠智衆、山口勇と小料理屋で焼き鳥を突きながら、/俺にはもう家がないんだ/と言い、大陸/天津に行くと日本を離れるのです。

はてさて、各所を転々とすることになった母娘は、どうしたのかというと、先ず長男の嫁/三宅邦子と鞘当を致します。要するに三宅邦子にとっては姑も小姑も邪魔なのです。両者ともに鬱憤は溜まっておりますが一度に吐き出すことはいたしません。今日は友達が来るから、おふたりは外で遊んできてくださいな。そう言われれば仕方なく外でブラブラしなくちゃならなくなる。帰ってくると、またお客がいるので部屋で身を潜めていると、あら、お帰りでしたらご挨拶に来てくださればよかったのに。夜、三宅邦子の弾くピアノの音に、/お母さま、お眠りになれないっじゃございません?わたし言ってきますわ。/おやめよ、直に終わるでしょう。/いえ、言ってきます。/その旨伝えると、ぴたりとピアノを止め鍵盤蓋を閉じて、/お互い様じゃないかしら。わたくしだって言いたいことがあっても黙っているのよ。ひとつ家に住んでいるんですもの、云々。/もう既視感アリアリでゾッと致します。

高峰三枝子は、親友/桑野通子に/お母様お元気?上手くいっているのかしら。/と心配される。上手くいかないことなど想像の範囲内なのです。このふたりが喫茶店で向かい合い、切り返してお喋りしている姿がなかなか美しい。和装の高峰三枝子、洋装の桑野通子。高峰三枝子が、外に出て働いてみようと思うの、母親と二人で暮らしたいと相談すると、庶民の桑野通子は、わたしはずっと雇われる側だけど、あなたはずっと雇う側でしょ、飛び込む覚悟はあるの?お家が許さないんじゃなくって、と。

長男の家を出て、長女の家に移っても孫の生活を巡ってバトルが起きて母親はシュンとしてしまいます。職業婦人の件も、案の定、みっともないからお止めになって、と世間体を気にされて反対される。もう無理、と二女には、お前のところに来ればいいんでしょうけれど、わたしたちは鵠沼の別荘で暮らすよ、と断りを入れる。二女は二女で、その旨を旦那に報告すると相好を崩しふたりしめしめと祝杯をあげたりしている。

とそんな他人の関係の話を表側にしているけれど、父親の一周忌に天津から佐分利信が一時帰国すると様相が変わります。母妹の惨状を知った佐分利信は、立派な兄姉妹がいるのにこのざまは何事だと痛烈に面罵するのですが。

さて、何故か桑野通子が隠し玉として露わになるのです。ふたりは、時折、鵠沼の別荘に遊びに来る桑野通子を話題にして、今度いらっしゃるときは和装か洋装か賭けましょう、なんて話している。そして、佐分利信の、僕と一緒に天津に行きましょう、そこならだれでも自由に働くこともできるし、自分のしたいように気兼ねなく暮らせる、そんな言葉に母妹は明るい表情で応える。高峰三枝子は、お兄様も年貢の納め時ね。佳い方がいるんだけど、と勧める。渋る兄、が、お前には俺のような奴を紹介してやる、任せるよ。と、そこに佳き人桑野通子が和装で訪れるのです。交換結婚のような仕組みを作る妖しい兄と妹。『戸田家の兄妹』とはよく言ったものです。

はて、天津に行ったはいいものの、その数年後、彼らはどこに向かったのでしょうか。

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