ちろる

ニンゲン合格のちろるのレビュー・感想・評価

ニンゲン合格(1999年製作の映画)
3.7
14歳の時に交通事故に遭い、10年間の昏睡状態を経て目が覚めた豊(西島秀俊)。
しかし彼が頼れるのは父の同級生である藤森(役所広司)のみで知らぬ間に目覚める前の当たり前だった風景は消えてしまった。

両親や妹の不在に悲観する事もせず、ただ実家に戻りその状態を淡々と享受する豊。
24歳までの大切な月日を眠りのなかで消化したという事が残酷な事実だと分からないほど彼はまだ14歳の少年のままだったのだ。

空虚な牧場、空虚な釣り堀、空虚な家。

人格形成すらままならないまま体が成長してしまった青年は結局何もかも空虚なニンゲンのままでしかない。
何かを取り戻そうこの10年間何を得ていたかもわからないから彼はあんな風に淡々と日々にこなすしかないのだ。

血の繋がりもない、ましてや子供嫌いでもある藤森との擬似親子のような展開や家族の再生なのかと思わせといて、そんなハートフルなものにするはずないのがさすが黒沢清。
10年間寝ていた長男が起きたからといって手放しで喜ぶわけでもなく、一度家族のように振る舞ってまた散り散りになっていくその身勝手さは豊の昏睡状態があろうが無かろうがこの家族の必然だったのだろう。
それは、ただそこに家族があった事を確認してまた次に向かうために・・・
人間が生きていたその証とは誰かと何かの言葉を交わした、それだけでもいい。
この虚しいラストに豊は何のために目を覚ました?と不穏になる人も多いとは思うけれど、彼は確かに藤森や、家族と言葉を交わし、馬を育てて加害者と戦った。
人が生きているという証はそれだけでも十分なのだから彼は生き続けた意味はあったのだと私は思いたい。

淡々とした流れからいきなりのかなりシュールなラストに複雑な気持ちにさせられるのは避けられないけれど、豊の瞳が少こしずつ人間らしい温かみを帯びてくるのがこの作品の、唯一の救いでもある。
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