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ピアニストのnetfilmsのレビュー・感想・評価

ピアニスト(2001年製作の映画)
4.0
 TVを観ていたはずの母親が、40過ぎの娘の帰宅時間に癇癪を起こす。この時点で母娘の関係は最初から破綻している。彼女は40歳をとうに超えているようにみえるが、どういうわけか母親と枕を並べ寝る。その様子は明らかに尋常ならざる母娘の依存関係を我々に示している。今作の主人公であるイザベル・ユペールは、社会の中と家の中の顔を巧みに使い分ける。彼女は社会的に名の通ったピアニストであり、名門である音楽院でピアノを教えている。その教え方は時にプレイヤーを追い込むほどに冷徹であり、一切の妥協を許さない。彼女に辛辣な言葉を浴びせられた生徒は時に涙を見せ、地の底に落ちたような絶望感に苛まれる。彼女は一分の隙も与えないピアノのスペシャリストとしてそこにいる。やがてこの主人公の異常性癖の数々が次々と明かされ、ヒロインの秘密を我々観客は目撃することになる。ビデオボックスの個室でAVを見ながらゴミ箱に捨てられている性液のついたティッシュの匂いを嗅ぎ、ドライブインシアターで映画そっちのけでカーセックスに興じるトルコ人カップルの姿を目の前で見ながらオナニーにふける。あまりにも狂信的な暗部にびっくりするが、徐々に主人公の脅迫的な喜怒哀楽が姿を現し始める。

 その発端となるのが若い学生ワルター(ブノワ・マジメル)の登場である。若くしてピアノへの野心と絶対的自信を持ったこの若者に主人公は最初嫌悪感を示すが、次第にこの男の虜になっていく。特に発表会の練習の場面で、自分の教え子の横に男がついたことで彼女の心にあった不安の感情が消え、内在していた才能が爆発する瞬間を間近で見た主人公が男への嫉妬と教え子への憎しみの感情に狂い、砕いたガラスを上着のポケットに仕込む描写は、実に生々しい暴力に溢れている。教え子の代役として、彼と2人だけの舞台(世界)を手に入れるはずだった主人公は、忌み嫌っていた男性を受け入れる。この場面の嫉妬は、歪んだ母娘関係に苦しめられたエリカの病巣とも無縁でない。アンナ(アンナ・シガレヴィッチ)とその母親(スザンヌ・ロタール)との理想的な関係にヒロインは明らかに嫉妬している。男の純粋で真っ直ぐな愛情は彼女の異常性癖に阻まれ、主人公はそのことに苦しむ。彼女は手紙に書いた常人には理解しがたい異常な性癖で男に愛されることを願うが彼は明らかにまともではないその文面を額面通りには受け取らない。むしろ激しく拒絶する。顔面が腫れたユペールはナイフを隠し持ちコンサート会場へと向かう。ラストシーンの突発的な行動に、彼女の生死が心配になるも、断片を提示したハネケはあえてその先を描こうとはしない。
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