ビンさん

心のありかのビンさんのレビュー・感想・評価

心のありか(2023年製作の映画)
3.8
アラフォーのヒロインの身に起こる諸々を綴ったヒューマンドラマ。

予告編からはヒロインが仕事をする中で、様々な障害を乗り越えて前向きに進んでいこう、というような内容かな、と思っていた。
概ね違いは無いが、やはり映画は本編観ないといけないなと実感したのは、本作がじつにユニークな視点で描かれた作品だったからだ。

40代の郁子(及川奈央)は税理士事務所に勤務しており、契約先の中小企業の会社に出向して、会社の財務関係の業務を担っている。
プライベートでは田代(鳥谷宏之)という同棲相手がいる。
そんな郁子には「旦那」と呼ぶ影の存在、いわゆるイマジナリーフレンドがいて、たとえばベッドを共にする田代との行為中にも、ずっと覗いている、ってなことを彼に言うわけだ。

これ、普通なら気持ち悪い事を言うなぁ、と拒絶反応を起こしそうなものだが、確かに田代は病院へ行くことを郁子に促しはする(仕事上のストレスが原因の言動だと思って)が、必要以上に拒否反応を見せることはない。

一方、郁子の親友で同僚の妙子(川村エミコ)が急死する。
悲しむ郁子に追い打ちをかけるように、彼女が契約先の会社のお金を横領していたことを知ってしまう。
郁子は思い悩んだ末にある行動に出るのだった。

全体的にはヒューマンドラマだが、イマジナリーフレンドであったり、横領事件だったりと、それなりにドラマに起伏はある。
だが、先に書いたように郁子の恋人田代は、郁子の言動に対して必要以上に驚かないし、横領事件の顛末もできるだけ穏便な形で収まる。

というように、いくらでもハードな方向へ振ることができる要素がある内容だが、そうならないのは、まずは本作の監督・脚本を担当された上原三由樹さんのお人柄なのかな、と。
ただ、それがためにリアリティが希薄にならないところがユニークだと感じた。

たとえば、田代は表面には出さないが、郁子の言動に多少なりとも動揺しており、彼が会社の後輩の若い女性と、憂さ晴らしにプチデートをするシークエンスがある。
それを知った郁子だが、これまたイマジナリーフレンドの件と逆で、普通なら私という恋人がいながら、きぃ〜〜〜っ!と怒りそうなものだが、そうはならないんだな(笑)

これって、郁子も田代も互いを強く信頼している証なんだと解釈した。
いみじくも、郁子の年齢を「若くない」と表現する下りがあるが、たとえば付き合って間がない若いカップルで、まだ信頼関係が築けてなければ、相手の不思議な言動だったり、浮気じみた行動だったり、そういうものに対して逐一目くじら立てようものだが、本作ではそういうことがない、というのはすなわち強固な信頼関係だと思うのだ。

郁子と田代がどれだけの期間付き合っているのかわからないけれど、この2人の関係性はとてもいいな、理想的だな、と感じた。

理想的=リアリティが希薄ではなく、こういう関係のカップルって、実際にけっこういるんじゃないかな、と思う。
で、結局のところ長く続いた同棲生活から、一歩前進するきっかけとしての、郁子のイマジナリーフレンド発言だったのかも知れない、ということを考えれば、彼女の言動は現状の生活から背中を押すための、自身の願望からくるものだったのかもしれない。

また、妙子の死であったり、田代の亡くなった父とのシークエンスだったり、死というものに対するアプローチも、郁子と田代の関係性の前進へのきっかけだったとも考えられる。

故に本作は、極めてポジティブな物語であり、アラフォー世代のヒロインだからこそ成立する内容なんだと思う。

若いカップルの障害だらけの物語もドラマティックだが、世の中の酸いも甘いも味わった世代(冒頭近く、郁子の若かった頃の未熟さ故にあっただろう、取り引き先の社長の息子との件や、郁子が言うイマジナリーフレンドを「旦那」と呼ぶ件に、未熟だった頃の彼女を想起させる)の物語もあって当然だし、また観たいなと思った。
上原監督が今後どのような作品を発表されるか、興味深いところである。

25日は上原監督と主演の及川奈央さん、劇中に登場する郁子の出向先の社長(これがまた絵に書いたようにわかりやすいセクハラおやじ(笑))を好演された土田英夫さんが登壇。
2年前だったという撮影時のエピソード等をユーモア交えて語っておられた。

及川奈央さんといえば、僕らの世代では特別なイコンを持った方であり、こういう形でご本人にお会いできるのはじつに感慨深いものがある。
既に多くの作品で俳優としてご活躍だが、今後の大いなる飛躍を期待したい。
ビンさん

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