けんいち

ノスタルジア 4K修復版のけんいちのレビュー・感想・評価

ノスタルジア 4K修復版(1983年製作の映画)
5.0
神❗
久しぶりに観ましたがやはり凄いとしか言いようがない作品です。
映画の歴史から隔絶した孤高の傑作。

ソ連国立映画大学の卒業制作作品である「ローラーとバイオリン」を観ても分かりますがタルコフスキーは万人を感動させる演出テクニックを20代から体得していた人でした。

本人がその気なら、盟友アンドレイ・コンチャロフスキーのようにアメリカに渡って娯楽映画を(例えば大学時代に友人たちと撮ったヘミングウェイ原作「殺し屋」のリメイクを!)撮ることも出来たのではと考えたりするのですが、54年という短い生涯を考えればすべては夢のようにも思えます。

まず「ノスタルジア」は途方もなく美しい映画です。
すべてのシーンを額装して壁に掛けて時が許すまでうっとりと眺めていたい。
というか「ノスタルジア」を鑑賞すると映画を観たというより巨大なフレスコ画を時間をかけて見物したような印象にとらわれます。

そして「ノスタルジア」は痛ましい苦闘の作品です。この作品はタルコフスキーの国際的な評価をさらに確固なものにしますが、同時に彼は故郷喪失者となります。
ソ連からの帰国要請を拒絶して亡命を宣言したタルコフスキーの精神の旅路は「ノスタルジア」のテーマそのものだし、映像にも深く刻まれている。

さらに「ノスタルジア」は謎に充ちた物語です。あらすじを読めばなるほどそういう話かと思ったりもするのですが、やっぱり何度観ても分からないという気持ちになってしまう。
何かにじっと耐えながら、ゆっくりと歩みを進める主人公ゴルチャコフをひたすら見つめながら、そこに立ち現れる言語化が困難な情感に身を浸す。私に出来ることはそれだけですが、それだけのために何度も鑑賞する価値が「ノスタルジア」にはある。

最後に「ノスタルジア」を観ながら眠るなんてもったいないことをしてはならないと心から思います。
タルコフスキーといえば慣用句のように「眠る」「寝てしまう」とよく言われます。
今回も私の隣の方の寝息が開始15分くらいで聞こえてきて、いくらなんでも早すぎるだろ🤯❗と思いました😔
私にとって「ノスタルジア」はスクリーンに映る一切合切を目に焼きつけたくて瞬きすら惜しい作品です。

亡霊のようにゆっくりと対象に接近していくカメラとそれが映し出す水に浸されすべてが錆びつき苔むしていく世界。そこに不意に灯される蝋燭の炎。それを目にするためにしばし眠りを忘れていただきたい。