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撤退(2007年製作の映画)
3.9
 冒頭、列車に乗った男がすれ違った女にタバコを1本ねだる。女はオランダ製の巻き紙が良いかフランス製の巻き紙が良いか尋ねる。ファースト・シーンに象徴的なように、国籍というのは複雑であり、自分の祖先を辿れば、ユダヤ人だったり、イスラエル人だったり、アラブ人がたくさんいるのがわかる。このことは『フリー・ゾーン』に登場する3人の女性の国籍の違いを思い出すとわかりやすい。1990年代にはイスラエルの歴史を描くために、イスラエルという国を出ることがなかったアモス・ギタイが『フリー・ゾーン』ではレバノンに飛び、今作ではフランスへ向かう列車に乗り、より広い行動範囲に及ぶ。監督は広い視野でこの国籍の問題に対してメスを入れる。オランダ国籍の女はそこでオランダ語を話すようにフランス人の車掌に強要され、言われなき詰問を受ける。それだけ本国の人間は他国から入ってくる人間の動向に敏感なのである。

 フランスからガザ地区への道程は、アモス・ギタイお得意の「ロード・ムーヴィー」の様相を呈する。ウリは軍隊でもなかなか偉い立場に就いているようだが、国境の警備はやはり『フリー・ゾーン』同様に非常に厳しく物々しい。それでも何とかガザ地区に入ることの出来たジュリエット・ビノシュはそこで生き別れた娘を探す。後半のシリアスな展開になると、ビノシュは途端に感情を押し殺し、シリアスな芝居に徹する。この辺りの緩急がビノシュの大女優たる所以だろう。彼女は焦燥感を抱えながら、やがて子供達と遊ぶ娘の姿を見つける。この再会の場面は、ウリとの再会とはまた違う感慨を我々観客に抱かせる。前半とは打って変わり、ビノシュの抑えた演技が非常に上手い。彼女は父親の遺言を伝えるためにこの地へやってきたと言う。しかし彼女にはそれ以上の娘への思いがあるはずであり、それを彼女は必死に押し殺している。

ここからはアナとウリが平行描写され、ガザ地区撤退の意味合いは徐々に苛烈さを極める。アナの思い、娘の思いに対し、ウリの公人としての任務という矛盾した対立関係がドキュメンタリー風の長回しの中で繰り広げられる。『フリー・ゾーン』の前半10分間のナタリー・ポートマンのクローズ・アップ長回しに象徴的だったように、今作で繰り広げられるスペクタクルの良し悪しを判断するのは我々観客の裁量に他ならない。アモス・ギタイの作るフィクションは「もっともらしい嘘」であり、意図的に明確なアナ、娘、ウリの3人の対立ポジションを作り出そうとしているのは否めない。しかしながら今作の根底に流れている政治的背景はイスラエルをめぐる紛れもない事実であって、ギタイの作り出すフィクションではない。そのドキュメンタリーとフィクションの境界線の危うさこそがアモス・ギタイ映画の魅力なのである。
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