パングロス

長屋紳士録 4Kデジタル修復版のパングロスのレビュー・感想・評価

4.4
◎小津流下町人情噺 飯田蝶子と愉快な仲間たち

2023年5月の<第76回カンヌ国際映画祭クラシック映画部門>でワールドプレミア公開された4Kデジタル修復版(1947/2023年)による上映
*ステキに素晴らしい保存状態、感動します

◯映画ニュース
小津安二郎生誕120年記念プロジェクト「長屋紳士録」4Kデジタル修復版、カンヌ国際映画祭クラシック部門でプレミア上映
2023年5月13日 17:00
eiga.com/news/20230513/12/

1946年2月、シンガポールから帰還した小津が1年の休養後、初めて製作した作品。

【以下ネタバレ注意⚠️】






大戦中の1944年に軍報道部映画班員として、シンガポールに派遣されていた小津は、戦況悪化により撮影が休止となり、撤退したイギリス軍が残した外国映画100本あまりを集中して観ることができた。
ワイラー、フォード、ヴィダー、ルビッチらの諸作、『風と共に去りぬ』『レベッカ』『ダンボ』『市民ケーン』『ファンタジア』などである。

本作は、前作『父ありき』(2024.3.14 レビュー)から5年もの空白期間を経ての復帰作だったが、松竹から急かされ、12日で書き上げたという。
サイレント時代の『出来ごころ』(1933年)に始まる坂本武が喜八を演じる下町人情噺シリーズの掉尾は本作が飾ることになった(以上、『小津安二郎大全』など)。

主役の、かあやん=おたね(飯田蝶子)と為吉(河村黎吉)、きく女(吉川満子)ら「長屋」の住人たちが、一人の迷子=幸平(青木放屁)の受け入れを巡ってドタバタする様を面白おかしく見せる、目で観る落語である。

喜劇作家小津安二郎の本領発揮の名作と言える。

飯田は浅草の、河村は深川の、吉川は銀座の生まれで、冒頭の河村による『婦系図』の暗誦からして本寸法の江戸っ子言葉が聴けて楽しい。

幾つか拾うと、
「おやかましゅう‥」
「要らないよォ。ゴムホースなら欲しいけれど」
「ケンノン、ケンノン」
の如し。

熊本生まれの笠智衆(占い師田代役)は、さすがに江戸弁ではないが、のぞきカラクリ(徳富蘆花『不如帰』による)の一芸披露を聴かせ唸らせる。

ただし、「長屋」と言うより、敗戦直後の復興住宅のような気もするが如何だろうか?
「紳士録」と言うのも形容矛盾で、下町の長屋にジェントルマンがいるはずもない。
大体主役は飯田演ずるおたねで、マンですらない。
まぁ、そこを含めて、高踏なシャレなのだろう。
*なお、おたねの商売は「荒物屋」でWikipedia の「金物屋」は誤りである。

最初は、迷子は要らぬとばかり、おたねが幸平に変顔で嫌味を見せるところがステキに可笑しい。
子ども相手に、いい大人が邪険にする様が、何とも大人気なくて笑ってしまう。

野外ロケでも、おたねが幸平を置き去りにしようとして、和服に草履姿にも関わらず、盛んにフェイントをかけながら走り去ろうとする天丼は、ドタバタ喜劇の真骨頂だ。

長屋の周囲は焼け野原が広がり、戦火を免れたインド風の築地本願寺の威容ばかりが目立っている。

西郷隆盛像が立つ上野公園には戦災孤児たちがたむろし、占い師の田代(笠智衆)が幸平を拾ったのが靖国神社だというのも戦争直後であることを想起させる。
*『大全』が、幸平のオネショの形がキノコ雲に見えるというのは、うがち過ぎだと思うが‥‥

小津映画あるあるだが、猫も名演技を見せる。

また、長屋の外観を映すシーンで、小動物が画面を横切るが、イタチだろうか?

小さなところでは、幸平と、彼から移されたおたねが、大小揃ってシラミをかく相似形の構図は、小津あるあるだが、ステキに笑えるギャグになっている。

築地本願寺の見える川縁で、少年3人が釣りする絵も相似形構図。

終盤、すっかり幸平に情が移って、上野動物園に連れて行くおたね。

キリンのいる檻の前に付けられた「 giraffe 」の英語表記をわざわざ映すのは、戦後の文化的解放を象徴させる意図があってのことだろう。

1959年の『お早よう』(2024.3.25 レビュー)は高度経済成長が始まろうとする時期に相応しくない「ウンコちんちん」レベルの質の低いコントだと断じたが、本作は、並木路子の『リンゴの唄』(1945年10月)と同じく、敗戦直後の日本に笑いによって明るさを与えた小津の優れた業績だと思う。

《参考》
なつかしの映画をカラーで Japanese Nostalgic Cinemas
長屋紳士録 / Record of a Tenement Gentleman (1947) [カラー化 映画 フル / Colorized, Full Movie]
m.youtube.com/watch?v=hgkmVhnBEWw&pp=ygUP6ZW35bGL57Sz5aOr6Yyy
*パブリックドメインのモノクロ映画のカラー化(ただし修復以前)、ノーカット動画、

ja.m.wikipedia.org/
*「長谷紳士録」で検索

松竹【作品データベース】長谷紳士録
www.shochiku.co.jp/cinema/database/02445/

小津安二郎の映画音楽 Soundtrack of Ozu
長屋紳士録
soundtrack-of-ozu.info/ozu-archives/movie/245

長谷紳士録
moviewalker.jp/mv26682/

生誕120年
没後60年記念
小津安二郎の世界
会場:シネ・ヌーヴォ 2024.3.2〜2.29
www.cinenouveau.com/sakuhin/ozu2024/ozu2024.html
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