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一月の声に歓びを刻めのnetfilmsのレビュー・感想・評価

一月の声に歓びを刻め(2024年製作の映画)
3.8
 最初から結論めいた言葉を述べると、三島由紀子監督の記念すべき10本目は実はここから彼女自身のフィルモグラフィが始まらなければバランスが保てなかったのではないか?幼少期の苦々しい記憶と現実とのバランスが付かない実人生において彼女はもはや十分な業を背負い、痛みを抱えながら暮らしてきた。奇しくも増村保造や曽根中生らの意思を背負いながら初めて監督した谷崎潤一郎の『刺青』から、TV畑を出発点とした者とは思えぬショットの張りと男女の情念ににじり寄る三島由紀子のスタンスは真に独立独歩で、異色の経歴を持つ監督だと言える。正月の北海道・洞爺湖。一人暮らしのマキ(カルーセル麻紀)の家に家族が集まり、マキが丁寧に作った御節料理を囲むが、喪失感が漂う。マキはかつて次女のれいこを事故で亡くしていた。一方、長女の美砂子(片岡礼子)は、女性として生きるようになったマキに複雑な感情を抱いていた。家族が帰り、静まり返った家で、マキの過去の記憶が蘇る。

 東京・八丈島。牛飼いの誠(哀川翔)は、大昔に罪人が流されたという島で暮らしている。妊娠した娘の海が5年振りに帰省する。誠は交通事故で妻を亡くしていた。海が結婚していたことすら知らなかった誠は、何も話そうとしない海に内心落ち着かない。そんな折、海のいない部屋で手紙に同封された離婚届を見つけてしまう。大阪・堂島。れいこ(前田敦子)は、ほんの数日前まで電話で話していた元恋人の葬儀に駆け付けるため、故郷を訪れる。茫然自失のまま歩いていると、橋から飛び降りようとしている女性と遭遇する。そのとき、レンタル彼氏をしている男トト・モレッティ(坂東龍汰)がれいこに声をかける。れいこは過去のトラウマから誰にも触れることができなかったが、そんな自分を変えようと、その男と一晩過ごすことを決意する。あえてイシューを分散させる意図があったかはわからぬが、三島由紀子は一番描きたかっただろう3部の前に1部と2部を設けてバランスを取ろうとする。それは喪失と贖罪の重苦しいトラウマの十字架である。まるで70年代のATG映画のようなカルーセル麻紀の心情に寄り添うようなカメラの挙動と厳格な長回しの数々には引っ繰り返るような衝撃を受ける。続く2本目の中和剤のような父娘の贖罪のエピソードを経て(原田龍二が怪演)、ようやく登場した3話目の過呼吸に陥るようなリビドーが凄まじい。前田敦子もカルーセル麻紀も何度もこわれゆく人間の業を振り絞るかのように演じている。
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