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Here(2023年製作の映画)
4.3
 ベルギーのブリュッセルに住む建設労働者のシュテファン(シュテファン・ゴタ)の出自は明らかにされることはないが、おそらくルーマニアから賃金の高いベルギーに出稼ぎに来た労働移民であろう。東欧の若者が東欧よりも賃金の高いドイツやフランス、ベルギーに出稼ぎに出ることはグローバル資本主義が加熱する現在の世界線では何ら珍しいことではない。しかしながら彼はこの場所に留まるべきか熟慮し続けている。鳥がさえずり、若葉が風に激しく揺れる大都市ブリュッセルの街並みは夜になればまた姿をガラッと変える。アパートを引き払い、故郷・ルーマニアに帰国したい彼の病巣は友人のセドリックに夢遊病かと見透かされている。姉や友人たちにお別れの贈り物として、密かに冷蔵庫の残り物で作ったスープを配ってまわる。冷蔵庫が空っぽになれば、僕の未来は開けるのだと言わんばかりに。全ては週明けの月曜日には実行される予定である。

 孤独な人間の孤独な暮らしは然し乍ら、全ては雨に流される。全ては週明けの月曜日に向け、全ての計画を実行に移し出発の準備が整ったかに見えたシュテファンだったがある日、森を散歩している途中、以前レストランで出会った女性シュシュ(リヨ・ゴン)と再会する。ベルギーは様々な国からやって来た移民たちが暮らす移民のるつぼで、ここでは少なくとも3つの言語がひしめき合っている。フランス語が主だと思われているが、ベルギーはその立地から、国境を共有するフランス、オランダ、ドイツに言語を支配されてきたのだ。多民族国家ではないここ日本においても都市に暮らす人々の孤独は深刻で、ハチ公前の交差点には多種多様な人種の人々が集うものの、若者たちは自身の孤独を埋められない。書を捨てよ町へ出ようと言わんばかりに、ベルギーの新鋭バス・ドゥヴォスは本来出会うはずのない人々を偶然にも引き合わせる。潤沢な森の中でシュテファンは初めてシュシュが苔類の研究者であること知る。生命の円環のサイクルに支配された世界は雨のち晴れの世界であり、人間の情動のサイクルすら都市と自然の風景の中に寄与するように、優しく溶け込む。奇しくも文化村ル・シネマではヴィム・ヴェンダースの『パーフェクト・デイズ』がロングラン上映されており、今作はまさに『パーフェクト・デイズ』と二本立てで観られるべき作品である。
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