サトタカ

アメリカン・フィクションのサトタカのレビュー・感想・評価

アメリカン・フィクション(2023年製作の映画)
4.4
すべての文章を書く人、いやすべての創作する人への問題提議がテーマでありつつ、散りばめられたギャグが楽しい傑作映画である。

日本では劇場公開されなかったが、アカデミー賞の脚色賞、英国アカデミー賞脚色賞、インディペンデント・スピリット賞脚本賞、トロント国際映画祭で観客賞を受賞し、Rotten TomatoesでもTomatometer 93%のFresh判定、観客スコアも96%と上々の評価だった。

主人公は黒人小説家のセロニアス・「モンク」・エリソン (ジェフリー・ライト)。ステレオタイプの黒人が出てくる作品を毛嫌いしていて、自分なりの高尚な文学作品を創造することにこだわっているが、そのせいもあって本が売れてない状態。しかし母の面倒を見ていた姉が突然亡くなったうえに、高齢の母がアルツハイマー型認知症を発症。夜に徘徊するようにもなり、24時間体制の老人介護施設に入れるほかなくなる。しかし、そうなるととにかく金がかかる…(個室だと月100万円とか)。
そこでモンクは半ばやけっぱちになりつつ文学界への当てつけのつもりで、いかにも(白人が考えるステレオタイプである)ギャングスタな黒人男性のストーリーを書いてみたらそれが大当たりしてしまい…的な話で、かなり風刺的というかブラックなコメディなのだ。

映画の構造もメタ的であり、映画芸術に対する視点もシニカルで苦笑いさせられた。

BLM(ブラック・ライヴズ・マター)やレイシズムに関するエピソードも目立ってはいるが、自分には創作者(ここでは小説家)がマーケットの需要に合わせた作品を書くのか、自分の信念に従った作品を書くべきなのか、というより大きなテーマを描こうとしていた映画だと思えた。

モンクの弟のクリフはゲイで麻薬をやってるし、プールで小便するし、男はとっかえひっかえなのに泣かせにも来る困った奴。演じたスターリング・K・ブラウンは『WAVES/ウェイブス』では厳格な父親役をやっていたが、同じ役者とは到底思えない(顔は一緒なんだけど)。

この映画は会話シーンがまたおもしろいのだが、序盤でモンクが姉のリサ(トレーシー・エリス・ロス←レジェンド級ソウル・シンガー:ダイアナ・ロスの娘さん)とドライブするシーン。ちなみにリサはボストン家族計画という病院で医師をしている。おそらく不妊治療、予期せぬ妊娠、養子縁組などのサービスに携わっているのだろう。リサは『OK』と言いながらジョークを切り出す。

リサ:『あなたはボートに乗っていて船のモーターが止まった。でもそこは浅瀬だった。で、9万円ほどする高価な靴を履いてる。空港までの送迎車はビーチを出発。どうして、Oh、どうしてこれが法的問題になるか?』

モンク:『わからない』

リサ:『手こぎ(row)対徒歩(wade)』

モンク:『オー・マイ・ゴッド(やられたよ)』

リサ:『わたしのベストジョークのひとつなの』

これはとあるアメリカでの事件を知らなければわからない。「ロー対ウェイド事件(Roe versus Wade)」だ。
1973年、アメリカの最高裁は「妊娠を継続するか否かに関する女性の決定は、プライバシー権に含まれる」として、合衆国憲法修正第14条が女性の堕胎の権利を保障していると初めて判示した。キリスト教、とくにカトリックは堕胎、人工中絶を厳しく禁じているため、この判決は当時大きな論争を巻き起こし、現在でも中絶を違法とする州があったり政治論争が続いている。事件の「ロー」はJane Roe、「ウェイド」は Henry Wadeのことで人名なのだが、どちらも発音だけなら動詞と取ることもできる。ファミリー・プランニングの女性医師リサはそれをジョークにして重苦しかった車内の空気を軽くしようとしたのだ。

弟のクリフも整形外科医。家政婦にオキシコドン(中毒者、死者が多発し社会問題になったオピオイドの一種)を睡眠薬がわりにカジュアルに飲ませていて笑えた(笑えない)。

黒人セレブのタイラー・ペリーに間違われた笑い話などアメリカのローカルネタが多かったのが上映スルーの原因かもしれないが、そういう方がギャグも生々しさがあって、詳しくなくてもネットで調べてみるとある程度面白さがわかる。温度感は大きく違うかもしれないが。

とにかくアメリカの映画関係者にはバカうけだったこの映画、ちょっと調べたりするとより楽しめるかも知れません。
サトタカ

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