デッカード

アメリカン・フィクションのデッカードのネタバレレビュー・内容・結末

アメリカン・フィクション(2023年製作の映画)
4.0

このレビューはネタバレを含みます

売れない小説家"モンク"。
ステレオタイプのアフリカ系アメリカ人の小説がもてはやされる現状にイライラし、そんな"バカバカしい"小説を書いてみたら大ヒット、映画化されることに。

全編アメリカのリベラル派知識階層のテンプレート的アフリカ系アメリカ人に対する表層的共感と理解に対する皮肉な笑いに満ちている。

モンク本人も大学で講師をする小説家だし、兄弟たちも医師、恋人も弁護士と社会的ステータスの高い人たちで、家族やまわりにドラッグにおぼれたギャングなど一人もいない。
彼らが悩んでいるのは、認知症の母の介護やそれに伴う経済的負担など白人のアメリカ人と何ら変わらない。

モンクもどうやら人間の深層に迫る小説を書いているようだが、出版業界で売れているのは不当な差別を受け、それゆえに道を踏み外した"黒人"を書いた小説ばかりでモンクの小説が目を向けられることはない。

アメリカ社会が受け入れたがっている典型的アフリカ系アメリカ人を扱った小説をモンクが酒の勢いを借りて登場人物たちと会話しながら書いていく描写はおもしろく、書いている小説が小説家の精神的内面の探究などカケラもない、説明セリフやあからさまな暴力だらけの三文小説であることがよくわかる。

そんなモンクにとっては「バカ小説」が、アメリカのリベラル派の知識階層の人たちにリアルだと高く評価されてしまい、そのことに慌てるモンクの姿は笑えるのだが、知識階層と言われる人たちが典型的な荒れたアフリカ系アメリカ人の小説や映画を求めそこに自分たちの贖罪や良心の呵責などを感じることで自己満足している姿がシニカルに描かれている。

モンクは気むずかしいしプライドも高く差別的な面もある一見鼻持ちならない人物なのだが、不思議と憎めないキャラクターとして共感してしまうのは、彼の本質が自分や家族、社会に対する誠実さにあふれているからかもしれない。
そんなモンクをダニエル・クレイグ版007でフィリックス・ライターを演じたジェフリー・ライトが全く違うイメージで人間臭く好演している。(ライトが『ザ・バットマン』でゴードンを演じたときもその変身ぶりには驚かされたが…)

差別的テンプレートを求める傾向は映画には顕著で、作り手がろくに原作も読んでなくて内容など理解などしていないのに、映画としてウケる要素としてそれらの差別的描写を入れようとする軽薄さも、やはり皮肉めいたエピソードとして描かれている。

アフリカ系アメリカ人差別の物語はもとより、最近特にゲイが何の必然性もなく出てくる映画やドラマがあふれていることが示唆されているのもこの映画のシニカルな部分。
この映画でもモンクの兄のクリフがゲイであるという設定で出てくるのだが、ゲイとして人生を謳歌しようとしながらも両親からの理解が得られないこと、それが自分という人間の本質を両親が理解してくれないという孤独な悩みが描かれていて、それは切実に思えた。

アフリカ系アメリカ人差別に対するアメリカ社会の表層だけの共感とそれに迎合することに躊躇のないアフリカ系アメリカ人がアメリカ社会や文化を形成しているという軽薄さが描かれているのだが、そんな表層的共感と迎合こそが「"黒人"はこうでなくてはいけない」という白人社会の押し付けのルールであり差別だというメッセージがさまざまな場面で困惑するモンクをとおして描かれている。
リベラル派の意識からくる複雑な状況下の差別を描いた映画としては、全く毛色は違うが、ジョーダン・ピール監督の『ゲット・アウト』を連想したのだがどうだろうか?

映画のラストをどう見るか?
すべてがモンクの私小説だったのか?
そもそもどこからが映画だったのか?
ならば、この映画も表層的共感にすり寄ったものだったのか?
いくつものパターンが考えられ、なんとなく最もわかりやすく刺激的だが軽薄な結末が選択される描写も映画業界に対する皮肉に満ちていると思えた。

表立った差別など受けていないのだろうが、いつまでも南北戦争当時の扮装をさせられ差別の記憶だけを押し付けられている女の子が現れ、マイルス・デイビスのむせび泣くようなトランペットが奏でる「枯葉」で幕を閉じるラストが、アメリカ社会のアフリカ系アメリカ人の人たちをカテゴリーに当てはめ続ける「押し付け」による「自己満足」、それによる「一個人への理解の欠如」というある種の病巣を如実に表しているようにも思えた。

追記

後で考えたんですが…

実はこの映画の全編がすべてモンクの創作した虚構で、モンク自身が生活のために劇中登場した女性小説家のように社会に受け入れられやすい小説を書いて、映画化などされている小説家だったとしたら?
生活のため不本意に売れる小説を書き続けているモンクの心情をマイルス・デイビスのトランペットの音色が表しているとすると、何ともせつない。
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