hasisi

アメリカン・フィクションのhasisiのレビュー・感想・評価

アメリカン・フィクション(2023年製作の映画)
3.6
米国、ロサンゼルス。
アフリカ系アメリカ人のモンクは、裕福な家庭で育った中年男性。
家族は医者ばかりで、本人は大学で英文学を教えるかたわら、作家活動を行っている。
だが、本の売り上げは芳しくなく、出版社からは「黒さが足りない」と指摘。
ストレスが溜まったモンクは学生とトラブルを起こし、休職処分に。
渋々、出身地のボストンに戻り、海辺の別荘で家族とのんびりした時間を過ごす。
そこで、黒人作家に期待されるステレオタイプな物語を皮肉った小説を書き始めるのだが。

監督・脚本は、コード・ジェファーソン。
2023年に公開されたドラメディ映画です。
(Amazonプライムビデオで観られます)

【主な登場人物】👨🏽‍🏫📘
[アーサー]エージェント。
[アグネス]母。
[クリフ]兄。
[コラライン]お向かいさん。
[シンタラ]売れっこ作家。
[モンク]主人公。
[リサ]妹。
[ロレイン]家政婦。

【概要から感想へ】🏖️🏠
ジェファーソン監督は、1982年生まれ。アリゾナ州出身の男性。
母親が白人で、父親が黒人で弁護士。
アメリカで2番目に古い歴史を持つ、ウィリアム・アンド・メアリー大学を卒業。
卒業後は、ジャーナリストとして数多くの出版物に寄稿。
ゴーカーの編集者を辞めた2016年頃からテレビの脚本家として働くように。
『ウォッチメン』のエピソード6の共同脚本を担当している。
本作が、長編初監督です。

原作は、パーシヴァル・エヴェレットによって発表された2001年の小説『Erasure』
監督の個性に合わせて大胆に脚色したのかと思えば、思いのほかそのままだった。
原作者が1956年生まれ。出版当時が40代前半で、ちょうど今の監督の年代。似たような境遇で、似たような悩みを抱えていて共感できたらしい。

🧔🏽‍♂️〈序盤〉🌊⚱️
「コンプライアンス違反です」
容姿いじりもNGの時代。
他者へ繊細な気遣いが求められる。
モンクは言葉が乱暴で攻撃的。
前を通ると吠えはじめる近所の犬のような存在。
跳ねっ返りで、今の時代にもっとも息苦しさを感じている。
時代の流れとのギャップを生み出すのに、これほどぴったりなキャラクターもいない。

……言い換えれば、対立構造を生み出すのにシンボリックな役割を果たせる。彼にとっては、自然に振る舞うだけでトラブルが起こせるので、美味しい時代とも言える。

オープニングで思考誘導。
観客側に偏見をもたせ、ステレオタイプなものの見方をするように操っている。
冒頭の重要な場面を使って、他に類をみない演出に混乱。やっている方は気持ちいいだろうけど、マゾヒストじゃないと不快だろう。

👩🏽‍⚕️中間色。
オープニングの畳みかけで全て明かしておいて、モンクが自分の才能に気づくまでが異様に長い。
もう1つの縦軸。
モンクは『友情にSOS』の主人公のように、インテリでお坊ちゃん育ち。
黒人らしい「貧困と苦労」とは、かけ離れているので、小説の世界で打倒できずに苦しんでいる。
多様性の乏しさに愚痴。
それをスローテンポな私小説風に表現してある。

🥃孤独なプチ老害。
監督の若さに反し、モンクが思いのほか枯れている。
穏やかに、少しずつ時代に対応してゆく。
純文学の作家が売れなくて、ジャンル小説に挑戦するなんて、日本でもありそうな話だ。

時代の変化に対応できた者だけが生き残れる自然界の過酷な掟。現代を学び、努力するモンクの姿が健気。
「あの頃はよかった」と、共感できる人は多いだろう。

🧔🏽‍♂️〈中盤〉🖼️🏊🏽‍♂️
マゾ犬三重苦。
家族の問題、売れない本、ご主人様に選ばれるための努力の3つの課題が同時進行する。
3つは密接に絡み合っていて、これでもかと現実を突きつけてくるが。

海辺の生活は、まるで老後を見せられているかのように穏やか。
のんびりした序盤のあとにくる中盤の迷走。
コメディにしてあるので辛うじて楽しめる。

🧔🏽‍♂️〈終盤〉🎬👨🏽‍🌾
自分が撒いた種が雪だるま式に成長してゆく。
俺の愚かさを笑ってくれ、的な。同時に「生い立ちで苦労する黒人」の物語を求める読者を皮肉ってもいるが、
「そんなに甘くねーよ」
な気持ちが引っ掛かって、今一のりにくい。

間違った選択、という終わることのない壮大なボケ。
物語は予想外の方向へと転がってゆく。
色々な選択肢を見せて、受け手の多様性を広げる教育者のようなつくり。

作品の意図が理解できない聴衆。
自分らしさを封印して時代と向き合った、その先へ。
見たことない景色に連れて行ってくれる。
物語は、夢のような到達点へと着地するが、プチ老害の内側。苦悩が知れて、有意義な時間が過ごせた。

【映画を振り返って】👨🏽‍💻🔫
家族に囲まれているのに孤独。売れないが売れる。生活は苦しいが、お金があって裕福。辛くて幸せ。
監督いわく「1日の中でも辛い時間と幸せな時間は訪れる」
(大丈夫かこいつ)
ステレオタイプへの反抗を映画全体で表現する徹底ぶり。
テーマの一色染めが独特だった。

モンクは攻撃性と優しさが共存し、思いのほか成熟した老犬。
劇中では父親で苦労した家庭の設定だが、人間性は嘘をつけない。
彼自身の作風が、両親の愛情と偉大さを物語っていた。

大人向けで、文芸作品のような重厚な仕上がりだが、ルックに反して中身は甘い。作りも展開も甘くて説得力には欠ける。
それでも、いまの時代に対して疑問を抱かせ、考えさせる力は持っている。

北欧だと神話。日本だとヤクザ。メキシコだと家族で、黒人だとギャング。
依頼する側からすれば、人種の系統と性別さえ合わせればOKだと思っているので、
監督にもギャングものの仕事ばかりが舞い込み「もっと黒くするように」指示されるのだとか。

この映画を観てしまうと、
業界のマイノリティへの依頼に変化が生じるのは間違いない。
ただし、より難解に変化すると思うので、視聴者側からするとプラスに働くかは分からない。
(まあ、マンネリが解消されるし、好きな物を書いてもらう方がいいかぁ)

実際には大勢の人々の社会貢献。人種が交じり合い、色の特徴が薄れてゆく自然の流れなので「俺が変えた」かのようにドヤ顔されると、少しイラッとするが。

アカデミー賞の作品賞にノミネートされ、時代の変革に貢献してくれそうな本作。
それこそが、監督がモンクに託した、もう1つの人生そのものであり。
理想を現実へと引き寄せた妙技である。
監督は脚本家として芽が出ずに苦しんでいたようだが、みんなから愛されるワンちゃんになれる日も近い。
hasisi

hasisi