カイザーソゼ

アイアンクローのカイザーソゼのネタバレレビュー・内容・結末

アイアンクロー(2023年製作の映画)
4.0

このレビューはネタバレを含みます

純粋に互いに愛をもって生きる兄弟たちと、それを蝕んでいくプレッシャーをめぐる物語。辛い展開が続くのだが、それでもなお根底にある家族愛(正確には兄弟愛)に、ただただ泣ける良い作品だった。感動、とも違う、壮大なかけ違いの苦しみからそれぞれが解放されることへの、よかった...という思いでの涙か。
こんな話が実話であり得るのだろうか?!と思うが、それがまた実話なので本当に人間の罪深さ、家族の難しさよ...と思う。

父は自らが開拓したプロレスラーの道ゆえに、家族にナチュラルに多大なプレッシャーを与えていく。
最も純粋で地道に努力している次男ケヴィン(ただし、センスはない。何かが足りない)、才能もありおちゃらけているけど口も上手く興行としては"映える"デビッド、オリンピック選手の可能性もあったが悪戯に道が閉ざされ父の期待に応えるべくプロレスラー転向するケリー、本当はプロレスラーにはなりたくない・音楽の道を突き進みたいがそうもできない中でなし崩しにプロレスラーになってしまう"マイク"

一つ一つの不慮な事故がただでさえ険しい道をより険しくする。
長男が5歳で亡くなったことで、長男としての意識と、不幸なニュアンスを勝手に感じ取ってしまうケヴィン。そこからすでに道は険しい。
才能ゆえ、父にケヴィンより期待されてそのプレッシャーとハードな環境に体が応えられず思いがけず早期に亡くなってしまったデビッド

トイレでケヴィンとデビッドが語り合うシーンはすごくいいシーンだった。二人の根底からのリスペクトが伝わってすごくよかった。でも、ケヴィンは吐血していたデビッドを見て止めれなかった自分を責めてしまっただろう...

オリンピックに行けなくなったケリーが、自分もやってやるぞとヘビー級チャンピオンにケヴィンより先にチャレンジしてしまう状況。あそこでケヴィンがコイントスで選ばれていれば...
そして事故に遭い足を切断してしまう、そして...

父親の無邪気で無神経なプレッシャーと、本当に家族・兄弟が好きで、父の期待に応えて、兄弟を支えて助けていきたい兄弟たちがどんどん沼にハマっていってしまう。
家族が本当に好きだからこそ、Noと言えないし、なんとかしたいと思ってしまうこと、そこにやりすぎてしまうことで潰れていってしまう家族。

広い意味で家族愛は強いのだが、真に幸せで愛情に溢れるシーンは、常にプロレスもなく、兄弟だけがいる場であること。バンドの迎えにいってハンバーガーを買いながら帰るところ、母に猛反対されながらもなんとかみんなで抜け出してマイクのライヴに兄弟みんなでいくところ。最後の最後、死んだ兄弟たちが"あの世"で出会うところ。そして、ケヴィンがプロレスを離れて、たくさんの家族と過ごしている写真。
最後にの"あの世"で集まったところは、純粋に互いを愛し合っていることが素直に伝わって、それを救われた、と言って良いのかはわからないけど、自殺による魂の救済もあるんだなとは思わされたし、みんな会えてよかった...って思ったものです。

まあ、父も母も本当に悪い。不作為の悪さ。夫婦揃いも揃ってダウンサイド/トラブルは兄弟で解決しろというスタンスは、あれは露骨な映画的表現かもしれないが、あんな兄弟たちの純粋な想い・関係を、その奇跡の関係を踏み躙って破滅させたのは見たいものしか見たくない都合の良さだと思う。
親は親で苦しみもあっただろうけど、それは子供達が感じていたプレッシャーや喪失感に優越するものでは一切ないはず。ただただそれが辛かった。

名作です。事実は悲しいけど、それでも死してもなお続いている(であろう)兄弟愛に、われわれは救われるし、それを大事にしたいと思う。