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52ヘルツのクジラたちのnetfilmsのレビュー・感想・評価

52ヘルツのクジラたち(2024年製作の映画)
3.6
 原作は未読だが、本屋大賞を受賞した作品だと聞いてある程度の担保になり得るかと期待したが、私の目論みは見事に打ち砕かれた。ある傷を抱え、東京から海辺の街の一軒家に移り住んできた貴瑚(杉咲花)という女性が主人公なのだが、田舎に引っ込む人間の心情としては都会での挫折に耐え切れず、ひっそり田舎に潜み背中を屈めながら生きる。然しながら田舎のプライバシーそのものが鬼畜なシステムで、老婆連中はあることないこと触れ回るものだが、その真実はわからない。この辺りは東出昌大の山籠もりを追った『WILL』とも殆ど大差ない。生みの親なのか?それとも育ての親なのかという主題ほとんど是枝裕和の世界観とほど同じなのだが、是枝裕和の一個上である成島出もまた、国外への評価に欲を見せるものの、どこか焦点がぼやけるのも事実なのだ。元々の小説がヤング・ケアラー問題やネグレクトや育児放棄、DVなど令和的な男女にまつわるキーワードを紐解くのだが、これがビックリするほど昭和の昼ドラ的な物語の域を出て来ない。

 母親のミソジニー的なネグレクトが少女の自己肯定感を低くしたのは偽りようもない事実で、その泥濘から彼女を救い出したのは他でもない岡田安吾ことアンさん(志尊淳)で、どうしてそこまでという程薄幸な彼女に寄り添い、身の回りの何もかもを世話して行く。その殊勝な姿勢には友情を越えた「愛情」めいたものが確かに宿るのだが、彼は彼女に一向に手を出してこないのだ。今作のキャラクターたちのある種奇抜な名前がいかにもラノベ的で、おそらく岡田安吾とは坂口安吾から発想されたネーミングで、坂口と言えば『堕落論』が真っ先に連想されるのだが、あの物語こそが昭和の昼ドラ的なペシミスティックな女性幻想に置き換えられたと言ったら大袈裟だろうか?アンさんも新名主税(宮沢氷魚)も映画の開巻当初からビックリするほど生気が感じられず、「きなこ」か「きこ」か言い直されるヒロインの貴瑚の描写は2人の間で何度も生き直される辺りが物語の肝で、それは琴美(西野七瀬)に捨てられた少年の名前が「いとし」か「52」なのかをある種逡巡するような中盤の自分探しの旅にも明らかだろう。一方で、永遠に結ばれようがない初恋の人との関係性こそが物語の肝であるのはわかるのだが、トランスジェンダーへの数ミリ誤った解釈を許容せんとする物語の女性幻想には「う~ん」という感慨しか思い浮かばずなかった。非常に惜しい。
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