ビンさん

光る鯨のビンさんのレビュー・感想・評価

光る鯨(2023年製作の映画)
3.8
都内の古いマンションのEVが、異世界とつながっているというSFファンタジー。
とはいえ、ジュヴナイル物かと思いきや、どちらかといえば大人向けな内容である。

大学中退しコンビニの店員であるイト(関口蒼)は、姉の冬海(中神円)と2人暮し。
幼い頃に家族で海水浴にでかけた矢先、交通事故で両親は他界。その後15年間姉妹だけで暮らしてきた。
イトには、はかるとツキオという幼馴染みの少年がいて、はかるはその後小説家になり「光る鯨」という作品を出版するも、突如行方不明になる。
はかるに特別な思いを持っていたイトは、何かに惹かれるように、かつてみんなが暮らしていた、都内のマンションへ。
そこのEVで昇降を続けた後、外へ出て観ると、周囲の風景はまったく同じなのに、夜空には異様に巨大な月が浮かんでいる異世界にたどり着く。
そこで、イトははかる(佐野日菜汰)と再会するのだった。

ここで描かれる異世界は、つまるところパラレルワールド、平行世界である。
最近はマーベル作品でマルチバースなんて言い出してからそっちの方が耳馴染みかもしれないが、正直、マーベルがつまらなくなったのはこのマルチバースを設定に組み込んでから。
というのも、どんな設定でもマルチバースを言い出したら何でもあり、なわけで。
クリエイターの一つの逃げ口上のように思えて、ここ数年抵抗を感じている。というのはあくまで個人的な見解。

本作ではマルチバースという言葉は使わず、あくまでパラレルワールドという表現に留まっていたのは、そういう意味では僕は良心的に思えた。

で、肝心の本作だが、イトとはかるが再会したシークエンスは、まだほんの序の口。
ここから物語は、はかるとツキオとの間にある事情があって、イトとはかるはツキオ(古矢航之介)とも再会をはたす。

いずれもこのパラレルワールドへは、イトたちが暮らしていたマンションのEVを利用するのだが、そこへ誘うのが、JKギャルの直子(瀧石涼葉)というキャラが登場する。

この直子とはいったい何なのか?
なぜ、EVがパラレルワールドに繋がっているのか?

観ていて諸々疑問が湧いてくるが、要は実世界で会えない人にも、このEVによって会うことできる。
となると、当然考えることは亡くなってしまった人にも会えるかも、という期待が生じる。
果たせるかな、イトと冬海は亡くなった両親に会おうとするのだが・・・ここは実際に作品を観て確認していただきたい。

EVが異世界に通じている、というシチュエーションは、都市伝説にもあったような気がする。
ある法則に従った行動によって、異世界へ行くというのは『きさらぎ駅』でも描かれていたが、本作はもっと身近なマンションのEVである。
いみじくも劇中ではしれが、板橋区にある都営坂下一丁目アパート3号棟であることが、じつにわかりやすく提示されているので、より現実味がある。

が、こういうSF的な設定で、さらにパラレルワールドとなると、そこに科学的な解釈を求める方もいるだろう。
ただ、本作においては諸々辻褄が合わなかったりする設定も見受けられ、ここは逆にコアな本作のファンには話題の尽きないところだろうが、僕としては設定の辻褄会わない云々なんて本作についてはどうでもいい。

というのも、僕は本作で描かれているのは、イトが満月の夜に観た、一夜の夢物語と解釈したので。

はかるが書いた「光る鯨」という小説の内容は本編では明かされないが、そこにイトは深く感銘を受けたのだろう。
おそらくそこには彼女たちが暮らしたマンションが登場し、SF的な要素もあったのだろうと思う。
そこに、幼い頃に両親を亡くしたトラウマ、はかるの失踪といった現実問題が心の中に溜まっていたものを解消したい願望が、夢となってイトの脳裏に展開した、と僕は解釈した。

クライマックスのシチュエーションは、その集大成であり、おそらく15年間ぎこちなかった姉との関係も修復したいという願望の現れだったのかも、と思う。

本作については、もっと検証したいところがあるが、科学的なことではなく、あくまでメンタル的な部分で読み解いていける余地のある、そういう意味では深くて一筋縄ではいかない秀作であると感じた。

下世話なことだが、科学的なことでいえば、パラレルワールドの住人同士は交わることはない、と影山祐子さん演じる大学教授?が語るシーン。
劇中、散々パラレルワールドの住人同士交流してるやん、と思ったが、交わるというのは殺し合うだったり、その言葉そのものの事を言うわけだ。
いみじくもイトとはかるの「とあるシーン」が描かれるのだが、最初はあのシーン必要? と思ったが、ああいう結果になるのはパラレルワールドの住人同士だったからなんだな。
そういう意味では森田監督、ちゃんと科学的考証してるよね(笑)、と。
ま、詳しいことは本編を観ていただきたい。

とにかくインディーズで予算も限られた中で、アイデアでかように素晴らしいSFファンタジーを作ることができることを証明した逸品である。
恐竜博のチケットもいいアイテムだった。
監督の森田博之氏、おそるべし。

主演のイトを演じた関口蒼さんは、本作が長編デビューということだが、説得力ある演技が素晴らしい。
パラレルワールドに遭遇するという、異常な事態にも関わらず、すぐに順応するのはともすれば浅い印象を与えてしまうが、森田監督の演出とそれを見事に応えた関口さんの引きの演技のバランスが、かえって説得力を与えているのだ。

姉の冬海を演じた中神円さんも素晴らしくて、クライマックスのイトとのあるシチュエーションもじつに素晴らしく、何度も見返したいくらいである。
全体的にワンショット長回しのシークエンスが多くて、このクライマックスも素晴らしいのだが、開巻早々にイトと冬海が納豆を食べるシークエンス。
これがまたいいんだ。
思わず納豆食べたくなったもの(笑)
あのシーンも何度も観たいな。
SFでもファンタジーでもなんでもないけど。

舞台挨拶では森田監督、関口蒼さんが登壇。
そもそもの本作のアイデアは、とある国民的アニメの作品の影響があるとのこと。
都市伝説がテーマじゃなかったんだな。
関口さんとの和気藹々ぶりも楽しく、撮影現場もさぞかし楽しかったのだろうことが伺える。
途中で、劇中でイトの大学の後輩役とコンビニ客役でW出演されており、スタッフの一人でもある、お名前を失念したのだが、場内におられて一緒に登壇というサプライズ・ゲストもあって、とてもいい雰囲気の舞台挨拶だった。

帰り道、空を見上げれば満月の夜。
いつもと違う、異様に巨大な月が出ていれば、自分も何かのきっかけでパラレルワールドに来ているかも。
そんな夢想をさせるほどに、心に響いた映画だった。
ビンさん

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